イタリアヨーロッパの歴史世界史

ルネサンス期にマルチな才能を発揮した芸術家「レオナルド ダ ヴィンチ」について元大学教員が5分で解説

よぉ、桜木建二だ。レオナルド ダ ヴィンチは画家として知られているが、さまざまな分野に長けていた人物だ。音楽、数学、生物学、工学と、専門分野を挙げだしたらきりがないぞ。ルネサンス期の知識体系を大きく躍進させた人物としても知られているよな。

そんなレオナルド ダ ヴィンチの生涯、仕事、評価について、世界史に詳しいライターひこすけと一緒に解説していくぞ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

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hikosuke

ライター/ひこすけ

アメリカの歴史や文化を専門とする元大学教員。芸術に関する興味もあるため、気になることがあったら調べている。今回はルネサンス期の知の巨人、レオナルド ダ ヴィンチについて解説してみた。

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レオナルド ダ ヴィンチとはどんな人物?

image by PIXTA / 78324447

レオナルド ダ ヴィンチは、現在のイタリアにあるフィレンツェ共和国で活躍した芸術家です。同時に科学者としての顔も持っていました。正式名称はレオナルド・ディ・セル・ピエロ・ダ・ヴィンチ。略してダ・ヴィンチと呼ばれることも多いです。

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才能あふれる謎に包まれた人物

レオナルド ダ ヴィンチはさまざまな分野に影響を与えた知の巨人。しかしながらその実態はほとんど知られていません。レオナルドは、当時はミケランジェロやラファエロのように、芸術の都ローマで活躍するには至りませんでした。しかしながら後世に手稿が研究されたことをきっかけに再評価されます。

レオナルドの評価が遅れた理由のひとつがその仕事の幅の広さ。芸術家としてはもちろんのこと、生物、工学、数学など、あらゆるジャンルに手を広げていました。本人としては筋が通っていましたが、これらを網羅的に評価することは困難だったのです。

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芸術家と科学者の二足のわらじ

レオナルドは才能あふれる人物でしたが、とくに有名なのが絵画。「モナ・リザ」や「最後の晩餐」は知らないものはいないでしょう。これらの評価は芸術の領域。この才能を活かして、解剖図や設計図にも手を広げます。ヘリコプターや戦車の概念をドローイングにより具体化したのも彼。いくつかのアイディアは実用化されました。

レオナルドは科学の領域で優れた成果を出していました。しかしこれらの発見を積極的に公表していません。これらが日の目を見るようになるのはだいぶあとになります。当時、彼の手記が公表されていたら科学の歴史が変わっていた可能性があるでしょう。

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膨大な手記は、遺産として相続した者が「著名な者の手記」という認識で手元に残していた。相続者がその重要性を認識しておらず、その結果として世間に出回らなかったと言われている。またレオナルド自身、芸術家としての意識が強く、科学的な貢献に気づいていなかったのかもしれないな。

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教育に恵まれなかったレオナルド ダ ヴィンチの幼少期

レオナルドが生まれたのは1452年4月15日。トスカーナのヴィンチとされています。幼少期についての情報はほとんどありません。母親とは早くに別れ、裕福な公証人である父親と数人の義母により育てられたことは分かっています。

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