現代社会

5分でわかる「川瀬巴水」なぜ海外でも人気?生い立ちや代表作も歴史好きライターが詳しく解説

よぉ、桜木建二だ。今回は、川瀬巴水について学んでいこう。

川瀬は近年になり人気が再燃した版画家だが、彼の作品は海外でも人気がとても高い。有名セレブも川瀬の作品を所有しているほどだ。

川瀬巴水の生い立ちや代表作、川瀬の作品が海外でも人気がある理由などを、日本史に詳しいライターのタケルと一緒に解説していくぞ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

ライター/タケル

資格取得マニアで、士業だけでなく介護職員初任者研修なども受講した経験あり。現在は幅広い知識を駆使してwebライターとして活動中。

日本における版画・浮世絵の歴史

image by iStockphoto

川瀬巴水について学ぶ前に、まずは日本における木版画や浮世絵の歴史を見ていくことにしましょう。

現存する世界最古の版画は8世紀のもの

制作年代が判明している世界最古の木版印刷物は、法隆寺などに納められている「百万塔陀羅尼」(ひゃくまんとうだらに)です。鎮護国家を祈念することを目的とし、奈良時代の西暦770年に納められました。100万基の木製小塔に、陀羅尼経という呪文のようなものを納めています。

平安時代に入ると、経典を大量に作り出すために木版画が活用されました。平安末期には、印仏(いんぶつ)や摺仏(すりぼとけ)といった、仏の姿を描いた版画も登場するようになります。鎌倉時代以降は、1枚板に文字を彫り込む整版印刷によって、漢文学や経典を印刷したものが大量に生産されました

江戸時代における浮世絵の隆盛

江戸時代初期になると、京都など関西で本屋が立ち並ぶようになります。本には木版印刷による挿絵が描かれるようになりました。関西で生まれた出版文化は、やがて江戸にもたらされます。本が庶民にも普及したことで、貸本屋や古本屋が生まれ、読み書きを教える寺子屋が増えました

17世紀後半になり、菱川師宣が浮世絵師を名乗るようになります。菱川は肉筆で挿絵を描くだけでなく、木版画も手掛けるようになりました。やがて浮世絵は1枚の絵画として独立し、葛飾北斎の『冨嶽三十六景』や歌川広重の『東海道五十三次』といった芸術作品にまで昇華したのです。

明治時代に新版画が確立される

江戸時代に浮世絵は発展を遂げ、江戸の庶民に愛されるようになりました。さらに浮世絵は海外でも人気となり、ゴッホやマネ、ゴーギャンといった洋画家の作風にも影響を与えたほどです。しかし、明治時代に入り、浮世絵は急激に衰退します。西洋から活版印刷がもたらされ、木版印刷に取って代わったのが原因でした。

その状況に危惧した版画製作者らにより、明治から大正にかけて木版画を再興させようとする動きが強まりました。いわゆる新版画が生まれたのです。製版や印刷などを分業する伝統的な木版画の工程を踏襲しつつも、日本画特有の描写法を取り入れました。そのような新版画を確立した版画家の1人が、今回紹介する川瀬巴水です。

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