分国法の内容を見てみよう2:連座制とは
分国法の刑事罰には連座制もあります。縁座制ともいい、個人の罪を同郷に住む者や近親者にも追わせる制度です。
連座制では犯罪に対する刑罰だけでなく、年貢滞納に対しても適応している分国法もあります。年貢は領地支配で大きな財源です。農民から年貢を取り立てることは重要な課題であったことから、連座制を導入することで確実に年貢を接収しようとしたのでしょう。
戦国大名が作った法律!どんな分国法がある?
戦国大名が制定した分国法は全部で11個あります。しかし、そのうち2つは家訓的な家法です。つまり、分国法は全国の戦国大名がこぞって作っていったものではなく、領地支配の都合上必要であれば作ったものになります。では、どのような家法や分国法があるのでしょうか。見ていきましょう。
【全国の分国法1】:大名と家法をチェック!
まずは家法として分類される分国法2つを見ていきます。
「早雲寺殿廿一箇条」:北条早雲が定めたと伝えられる21か条からなる家訓
「朝倉孝景条々」:朝倉家の家訓で「朝倉敏景十七箇条」や「英林壁書」とも呼ばれる。
「早雲寺殿廿一箇条」は戦国大名の北条早雲が定められたと伝えられている家法です。小田原の後北条氏に代々伝えられた家法になります。後北条氏は豊臣秀吉が天下統一をする最後の砦となった戦国大名です。豊臣秀吉の小田原攻めで後北条氏は滅亡しました。
「朝倉孝景条々」は越前の戦国大名であった朝倉氏の家法です。朝倉孝景は分国法を制定して、戦国大名の初代朝倉氏となりました。朝倉氏は浅井長政と同盟を組んで織田信長と対決しましたが負けてしまい、滅亡しました。
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続いて分国法に分類される9つを見ていきましょう。
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