3分で簡単グラハム・ベルの功績!日本にもゆかりがある?電話を発明した偉人について理系学生ライターが徹底わかりやすく解説
晩年のベル
ベルは余生の大半を、ケープ・ブレトン島のバデックという村で、妻のメイベルと過ごしました。ですが、1922年には糖尿病が原因の合併症により、ベルは75歳で亡くなってしまいます。
ベルの死を受けて、当時のカナダ首相はベルの一家に、電話の発明をたたえる内容の電報を打ったそうです。このエピソードからもベルの発明が世の中に大きな影響を与えたということが納得できますよね。
電話の発明
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ここからは、ベルが発明した電話について詳しく解説していきます。最初に、ベルが発明した電話の仕組みを物理学・工学の視点で述べますね。その後、ベルとある日本人のエピソードとベルの電話をめぐる裁判についてご紹介しますよ。
以上の説明だけでも、ベルは電話をめぐって紆余曲折あったことがわかりますよね。それでは、ベルの電話発明物語をお楽しみください。
ベルが発明した電話の仕組み
ベルの電話の仕組みは、話し手側の声を電気信号に変換し、聞き手側でその電気信号を音声に戻すというものでした。話し手側の装置では、声を振動版にあてて、その振動を電磁誘導で電気に変換していました。聞き手側の装置では、電磁石に電気信号を流し、それを鉄板に近づけることで空気を振動させていましたよ。
本質的には、現在の電話機の仕組みと変わりありません。ですが、当時は電気信号の増幅技術が未熟で、話し手は大声で受話器に向かって話す必要があったそうですよ。
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日本人の目に留まったベルの電話
米国に留学中であった伊沢修二と金子堅太郎は、ベルの電話を見て感銘を受けます。そして、この二人の人物が日本の官僚と繋がりがあったこともあり、1877年には工部省が世界に先駆けて電話機の輸入をはじめますよ。そして、1890年には日本国内で電話サービスが始まるのです。
このようなきっかけで、ベルは日本を何度も訪れるような親日的な人物になります。また、ベルは明治天皇からの勲章を受け取った数少ない外国人でもありますよ。
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