幕末日本史江戸時代

5分でわかる国学!単なる古典研究じゃない?幕末の思想・尊王攘夷論や国学の四大人も現役講師ライターが詳しく解説!

四大人その3:多才の極み?国学の大成者本居宣長

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本居宣長https://www.tfm.co.jp/yes/?id=128, パブリック・ドメイン, リンクによる

本居宣長はもともと三重松坂の商人でした。しかし、商いに興味がなかったので、医学を学んで医師になります。読書家でもあったことでさまざまな古典作品に触れ、源氏物語の研究から注釈書である「源氏物語玉の小櫛」を記しました。

賀茂真淵に弟子入りして古事記の研究を行い、「古事記伝」を記します。ほかにも風土記などの研究なども行い、古道を体系付けした事で国学を大成したのです。研究の中で歌論書の「石上私淑言」や随筆の「玉勝間」、歴史書の「馭戒慨言(ぎょじゅうがいげん)」などさまざまな書も書きます。また、門下生も多く、国学を広めた人物でもあるのです。

本居宣長も復古思想を持った人物で、古道の復活を主張します。儒教や仏教など中華思想に関わりがある考えを「漢意(からごころ)」とし、当時の社会を漢意を重んじて誤りであるとしましたが、この社会も神の司るものの1つと主張しました。幕府の権威を守る尊王論を主張したのです。

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四大人その4:尊王攘夷論へ発展?平田篤胤の復古神道

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渡辺清(1778-1861) – 本居宣長記念館, パブリック・ドメイン, リンクによる

平田篤胤は江戸で蘭学を学びました。しかし、妻の織瀬が求めていた本居宣長の書を読んで、その日の夢に本居宣長が出てきて、弟子入りを許されたとして「宣長没後の門人」を称します。その後、宣長の子で国学者の本居春庭に弟子入りし、国学研究を進めていきました。

平田篤胤は妻の織瀬が亡くなったことにショックを受け、国学の宗教的側面から冥界論を解き明かします。冥界論を「霊能真柱(たまのみはしら)」で記し、この世の幸福を求めて天御中主神を創造主とした儒教色や仏教色を排除した復古神道を樹立したのです。

復古神道の神学では天皇が万国の君主であるとしました。ここから復古神道が尊王攘夷論に影響を与えることとなったのです。

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国学のthe日本が尊王攘夷へ影響する?

平田篤胤によって樹立された復古神道は幕末の尊王攘夷論に大きな影響を与えました。また、荷田春満が幕府に国学の重要性を進言したことから幕府内でも国学の研究の必要性を感じるようになったのです。では、幕府内での研究や尊王攘夷論の展開を見ていきましょう。

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江戸幕府も国学研究?

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Edo period artist – http://is2.sss.fukushima-u.ac.jp/fks-db//txt/10090.002/html/00033.html, パブリック・ドメイン, リンクによる

江戸で盲人の最高職である検校(けんぎょう)になった塙保己一(はなわほきいち)は幕府に土地を拝借して和学講談所を設立しました。塙保己一は和学講談所でさまざまな文書を集めていきます。集められた文学作品や文書をまとめ上げ、「群書類従」を編纂するのです。

「群書類従」は歴史書や文学作品1273種も集められ、後の国学や国文学の研究に大いに役立てられています。学問的に大きな貢献をなしている作品なのです。

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尊王論で幕府に反発?天皇中心の政治を主張する

幕末になると尊王論を主張する人物が多く出てきます。国学を大成した本居宣長も尊王論を立てますが、幕府を擁護する形での尊王論を展開しました。また、尊王思想は全国的に広がり、「山陵志」の蒲生君平「日本外史」の頼山陽などが有名です。

京都で若い公家たちに日本書紀を教え、宮廷クーデターを企てた竹内式部が京都所司代から追放刑を受けました。これが宝暦事件です。また、儒学や兵学から大義名分に基づく尊王攘夷を主張した山県大弐「柳子新論」を著しました。宝暦事件に連座した藤井右門と江戸攻略の軍法を説いたことが弟子から密告され、逮捕されます。これが明和事件です。

江戸の中期ごろから尊王論を展開する人々が現れ、国学の復古思想と結びつく流れが形成されました。

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幕末に影響した国学!学問から生まれた思想が尊王攘夷を形成する

平田篤胤が樹立した復古神道は篤胤の死後も弟子が増え、1000人以上の規模になりました。幕末期の危機的な状況から尊王攘夷運動に大きな影響を与えていくことになるのです。

また、徳川光圀の大日本史編纂から始まった水戸学は19世紀前半になると藤田東湖徳川斉昭などが尊王攘夷論を説くようになります。国学や水戸学などの学問が影響することで幕末の尊王攘夷論が形成されたのです。

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国学は江戸から始まったthe日本の研究!

国学の発端は国文学の研究から始まりましたが、その中でこれぞ日本というものがどういうものかを研究する学問になりました。本居宣長が古事記を研究しただけでなく、その中で日本とはどのようなものかを考えた学問です。グローバル化する現代において、国学の考え方は日本を説明する上で重要なものだと言えます。幕末だけでなく、現代にも活かせる考えが国学にはあるのです。

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