イギリスフランスヨーロッパの歴史世界史

3分で簡単「ジャンヌ・ダルク」神から天啓をもらったフランスの英雄?それとも異端の魔女?歴史オタクがわかりやすく解説

どうしても有罪にしなければならなかった?不当な裁判により、火刑に処される

ジャンヌ・ダルクの裁判を担当したのはイングランドに賛同するコーシャンという司教でした。コーシャン司教は証拠不十分のまま、弁護も許さずジャンヌ・ダルクに有罪の判決を言い渡し、さらには彼女が字を読めないのをいいことに不当な書類にサインまでさせたのです。

こうして不当な裁判と判決を受けたジャンヌ・ダルクはキリスト教から破門され、魔女としてイングランドのルーアンにて火刑に処されてしまいました。ジャンヌの遺体は灰になるまで焼かれ、遺灰はセーヌ川へ流されたといいます。

ジャンヌ・ダルクの死後、百年戦争ようやくの終結

ジャンヌ・ダルクが火刑によって亡くなったあとも、しばらくフランスとイングランドの百年戦争は続きました。その間にフランスとブルゴーニュ公は講和。さらにフランス軍がパリを取り戻し、フランス北部のカレーをのぞいた領土がフランスへと戻ってきたことで百年戦争はようやく幕を下ろしたのでした。

ジャンヌ・ダルクは魔女じゃない!守護聖人への復権

ジャンヌ・ダルクの死後、そして、百年戦争の終結後のこと。異端の魔女として火刑にされたジャンヌ・ダルクの復権を求める声が上がり始めます。その声に応じて1455年に彼女の復権裁判が始まり、破門は取り消されてキリスト教徒と認められました。

さらに19世紀に入ると、今度はジャンヌ・ダルクを聖人に認めるよう運動が起こります。そうして1909年、ジャンヌはフランスの守護聖人のひとりとなったのです。

神の声を聞き、フランスのために立ち上がったひとりの少女ジャンヌ・ダルク

田舎の農家に生まれた普通の少女だったジャンヌ・ダルク。しかし、12歳で天啓を受けると、戦争で疲弊する祖国フランスのために立ち上がります。そうして、フランス軍を率いて劣勢を打ち破り、シャルル7世を戴冠させてフランスを勝利へと導いたのです。当時の女性が、しかも年若い少女が軍隊を指揮するのは異例のこと。最期は敵国に捕まって火刑に処されるも、死後に復権裁判が起こり、近代になってからはフランスの守護聖人となるほど、神の声を聞いた彼女の影響は計り知れないものだったのでしょう。

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