イギリスフランスヨーロッパの歴史世界史

5分でわかる「ジャンヌ・ダルク」神から天啓をもらったフランスの英雄?それとも異端の魔女?歴史オタクがわかりやすく解説

よぉ、桜木健二だ。14世紀から15世紀のフランスとイギリスの間では百年に渡って戦争が続いていた。そこに彗星の如く現れ、祖国フランスの劣勢を打開したのが「ジャンヌ・ダルク」だ。だが、彼女は貴族だったわけでも、騎士の娘だったわけでもない。どこにでもいる田舎生まれの農家の娘だ。平凡な娘だったジャンヌ・ダルクがいかにして救国の英雄になったのか、そして、なぜ魔女として貶められ火刑となったのか。
今回は「ジャンヌ・ダルク」について、彼女を取り巻く国と戦争の背景を含めて歴史オタクのライターリリー・リリコと一緒にわかりやすく解説していくぞ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

ライター/リリー・リリコ

興味本意でとことん調べつくすおばちゃん。座右の銘は「何歳になっても知識欲は現役」。大学の卒業論文は義経をテーマに執筆。大河ドラマや時代ものが好き。現在では列聖されてフランスの守護聖人となった「ジャンヌ・ダルク」。今回は短くも苛烈な彼女の人生についてまとめた。

1.敬虔な農夫の娘「ジャンヌ・ダルク」、天啓を受ける

image by PIXTA / 90254414

今回のテーマとなる「ジャンヌ・ダルク」。彼女が生まれたのは1412年のフランス王国(現在のフランス)の東部の小さな村ドンレミ。農家の娘の四番目の子どもとして誕生し、普通に暮らしていました。普通の生まれの、どこにでもいるような素朴な少女はいったいどのようにしてフランスを守る戦いの先陣へ発ったのでしょうか?

ジャンヌ・ダルク、神の声を聞く

それはジャンヌ・ダルクが12歳のころのこと。彼女がひとりで歩いていると、そこへ大天使ミカエルや聖カタリナら聖人の姿を幻視し「イングランド軍を退けて王太子シャルルを戴冠させなさい」という天啓を授かったといいます。

ジャンヌ・ダルクはこの天啓を胸にフランスの王太子シャルルに謁見しようと試みました。しかし、農家の娘がいきなり王太子に会えるはずもありません。心無いものたちに嘲笑され、追い返されることもありました。けれど、彼女は天啓を固く持ち続け、ついに王太子シャルルとの謁見が叶います。

王太子シャルルを見抜いたジャンヌ・ダルクの伝説

ジャンヌ・ダルクが王太子シャルルに謁見しようと彼を訪れた際、王太子シャルルはジャンヌ・ダルクを試そうと自分は王太子の側近の振りをして家臣たちの間に紛れ込みます。そうして、もしジャンヌ・ダルクが偽物の王太子を見抜けなければ、神の天啓などウソだと笑うつもりだったのかもしれません。

しかし、その場に現れたジャンヌ・ダルクは一目で王太子が偽物だと見抜き、すぐに側近たちに紛れる本物の王太子シャルルを探し当てた、という伝説があります。また、ジャンヌ・ダルクが王太子シャルルに会う以前には、オルレアンの近くで起こったイングランドとの戦いでフランス軍が負けるという予言をし、的中させたとも。

これは伝説であり、後世で付け加えられたものです。ジャンヌ・ダルクの謁見や予言については実際に何があったのかはわかりません。しかし、このような伝説が語られるのはジャンヌ・ダルクが後世の人々に愛されている証拠でしょう。

戦争に現れた「天啓を受けた少女」の存在

当時のフランスもイングランドもともにキリスト教を信仰する国です。その二国間の争いにフランスの正当性を示すような天啓をうけた少女が現れたらどうなるのか…。

両国ともに同じ神を信仰するもの同士、イングランドにとっては争いの正当性を否定されるようなものです。さらに、フランス国内ではジャンヌ・ダルクが異端である可能性を排除するとともに、国を挙げて彼女の天啓を本物であると認定。劣勢にあったフランス軍の士気が蘇ります。

もともとまったくキリスト教の関係なかった戦争がジャンヌ・ダルクの登場によって宗教色を帯びる形となったのでした。

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フランスの田舎に生まれたジャンヌ・ダルク。彼女は本当にどこにでもいるような少女だったんだな。しかし、12歳で神から天啓を受けるとその人生は一変する。まったく人生は何が起こるかわかったもんじゃないが、彼女のような変わり方はそのなかでも滅多なもんじゃない。素朴な少女が劣勢の戦争を覆すことになるんだからな。

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