今回は禅宗について、日本史の中でも仏教史や古代中世の文化史が大好きな現役講師ライター明東碧吾と詳しく解説していきます。
- 禅宗とは何か?教えや伝来時期をチェックしよう!
- 禅宗の基本的な教えは何だろう?
- 日本に伝わったのはいつ?
- 日本に伝来した禅宗は4つ?
- 日本に伝来した禅宗1:臨済宗とは?
- 臨済宗の開祖は「栄西」:禅宗を再度日本に伝えた?
- 武士に受け入れられた臨済宗!
- 日本に伝来した禅宗2:曹洞宗とは?
- 曹洞宗の開祖は「道元」:厳しい教えを貫く!
- 曹洞宗の両祖って何だ?
- 曹洞宗の両大本山って何だ?
- 日本に伝来した禅宗3:黄檗宗とは?
- 黄檗宗の開祖は「隠元」:本当は臨済宗を広げに来た?
- 黄檗宗はやはり臨済宗の一派?
- 日本に伝来した禅宗4:幻の禅宗普化宗って何だ?
- 本当に禅宗?奇抜な宗派の普化宗
- 明治に解体された普化宗!臨済宗の一派として復活?
- 日本の禅宗は現代日本の基礎!
この記事の目次
ライター/明東碧吾
現役塾講師で専門科目の社会の授業はわかりやすいという定評がある。古代・中世の文化史が大好きで、文化財鑑賞の旅へも出かける。
禅宗とは何か?教えや伝来時期をチェックしよう!
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禅宗は皆さんの中では座禅を組んで、棒で叩かれながら修行をしているというイメージが強いでしょう。確かに禅宗では座禅を修行の一環で行っています。しかし、それだけではないのが禅宗です。では、どのような考え方で日本にはいつ伝わってきたのかを見ていきましょう。
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禅宗の基本的な教えは何だろう?
Jiulongtang – 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, リンクによる
禅宗は南インド出身の達磨大師が座禅をすることで確立した宗派です。サンスクリット語の音でディアーナを「禅那」と音写し、略して禅となりました。仏教の禅那とは心が動揺することがなくなった状態のことを指します。
達磨大師は禅那に至るための方法として座禅をすることで確立しました。達磨大師は禅那に到達した状態を四聖句という言葉でまとめています。それが「不立文字」「教外別伝」「直指人心」「見性成仏」です。これらは言語や論理での伝達の不可能性を強調した上で、座禅を通じて無分別の智慧に到達するという達磨大師の考えを表しています。
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日本に伝わったのはいつ?
禅宗の伝来は日本では栄西が臨済宗を伝えたことが起源となっています。しかし、禅宗は平安時代に一度伝来していたのです。嵯峨天皇の皇后の橘嘉智子に招かれて来日した義空が京都で禅の講義を行ったとされています。
しかし、禅の考え方は当時の日本には支持者が少なく、広がることがありませんでした。また、中国でもまだ禅の教えが広がる最中だったため、拡大する勢いがなかったのです。
中国の宋朝(南宋)の時期に禅宗は中国で隆盛を極めます。その中で、栄西が臨済宗黄龍派を日本に伝え、修行が武士の考えに合っていたことから、日本で禅宗が広まるようになったのです。
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日本に伝来した禅宗は4つ?
禅宗といえば、栄西が伝えた臨済宗と道元が伝えた曹洞宗の二宗派が鎌倉の新興仏教として広がりました。しかし、日本にある禅宗は実を言うと4つあります。あと2つ足りませんね。
まず1つが、1254年に伝来した普化宗です。普化宗は江戸時代に幕府に保護され、広がりましたが、明治時代に入ると政府により解体されました。今は明暗寺で教えが再興されて、現存しています。
もう一つは黄檗宗です。黄檗宗は江戸時代に来日した隠元隆琦によって確立した宗派で、京都の萬福寺を総本山として唐人屋敷が多かった長崎と京都で広がりました。
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日本に伝来した禅宗1:臨済宗とは?
日本に伝来した禅宗のうち、一番初めに伝来したのが栄西が伝えた臨済宗です。臨済宗は中国の禅宗でも大きな宗派で臨済義玄が開祖とされ、流派も多岐にわたります。栄西はその中で臨済禅を日本に伝え、臨済宗の開祖となりました。
では、その臨済宗とはどのような宗派なのかを見ていきましょう。
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