アメリカの歴史ソビエト連邦ヨーロッパの歴史ロシア世界史

北大西洋条約機構(NATO)とは?設立の背景やその目的を元大学教員が5分でわかりやすく解説

東方に影響力を拡大させる北大西洋条約機構 NATO

Pieces of a destroyed tank, notably the gun turret, lie on a sandy landscape.
By Bernd.BrinckenOwn work, CC BY-SA 3.0, Link

当初は、ドイツ問題の解決のために発足したNATOですが、国際情勢の変化により、存在意義が変化していきます。そこで新たに戦略の概念を策定して周辺地域の紛争の解決にシフトさせていきました。

NATOの転換期となったいくつかの要素

NATOの転換期のきっかけはいくつかあります。ひとつが1989年のマルタ会談の実現。これにより米ソの冷戦に幕がおろされます。ふたつめが、1991年にワルシャワ条約機構が解体されたこと。3つ目がソビエト連邦の崩壊です。これらにより、NATOの存在意義をとらえなおす必要性が出てきました。

ソ連による共産化の波が脅威でなくなりましたが、ヨーロッパ周辺の地域では紛争や内戦が勃発するように。これらに対する危機管理が問われるようになりました。そこで「新戦略概念」を策定するに至ります。

「新戦略概念」の適応による影響

初めてNATOの新戦略概念が適応されたのは、1992年に勃発したボスニア・ヘルツェゴビナ内戦。1995年からNATOによる軍事的な介入が行われました。アメリカ主導により空爆が行われ、停戦監視にも関与するに至ります。

また、ソ連が崩壊したことをうけて、東ヨーロッパ諸国が続々とNATO加盟を望むようになりました。ソ連崩壊により一時は停滞していたロシアが力を回復。NATOに対する敵対心を強めていきます。

対テロ対策としての北大西洋条約機構 NATOの意義

Nato awacs.jpg
initially loaded by user Cornellrockey on en: – http://www.edwards.af.mil/archive/2003/2003-archive-nato_tests.html, パブリック・ドメイン, リンクによる

ドイツ問題、共産化の波、地域紛争に加え、新たな脅威として浮かび上がったのが、スラム武装勢力などの過激派によるテロ攻撃。すべてが適用されませんでしたが、条件つきでNATOが関わることになりました。

アメリカ同時多発テロ事件がきかっけ

ヨーロッパの防衛が中心であったNATOですが、2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ事件により風向きが変わります。構成国のあいだで意見が分かれ、全面的に適応されませんでしたが、北大西洋条約第5条が発動されました。

NATO全体として行動することはなし。とはいえ、アフガニスタン攻撃、イスラム武装勢力タリバンの追放、その他の支援を行いました。ただ、テロ対策は賛同するものの、参加するかどうかは各国の自主性に任せることになりました。

2003年のイラク戦争で分裂の危機に陥ったNATO

2003年のイラク戦争では、アメリカとフランスおよびドイツが対立し、NATOの足並みが乱れていきます。アメリカを支持する東ヨーロッパ諸国など新加盟国、ドイツやフランスなど昔からの加盟国というように、内部で分裂してしまいました。

最終的に、アメリカ軍からNATOに、軍事行動に関する権限が部分的に移されます。その結果、NATO軍としてはじめて地上軍による作戦が実行されました。最終的に、アフガンに対する権限がすべて譲られました。

\次のページで「北大西洋条約機構 NATOの組織の特徴」を解説!/

次のページを読む
1 2 3 4
Share: