受精卵という一個の細胞から様々な器官をもつ生物へ複雑化していく過程は「発生」と呼ばれる。高校生物で習ったことがある人もいるでしょうが、複雑でいまいち覚えきれないという人が多いのではないでしょうか。特に「胚葉」「胞胚」「神経胚」などといった難しい言葉が多いものだから苦手意識を持ってしまった人もいるのではと思う。

今日はできるだけ複雑な部分を省き、脊椎動物の発生の大まかな流れを把握できるように生物学オリンピックメダリストのNoctilucaと解説していこうと思う。

ライター/Noctiluca

高校時代に生物学の面白さに気づき、のちに国際生物学オリンピックで金メダルを受賞。現在は自分の「好き」を突き詰めるため、医学生として勉強中。

神経胚の前に...そもそも発生とは?胚発生学の歴史についても短く解説

image by iStockphoto

生物学における「発生」とは、新しい多細胞生物が受精卵から徐々に複雑な組織を形成していく過程を指します。

上記の写真は人間の受精後間もない卵細胞の写真です。最初は単一の細胞ですが、細胞分裂によって細胞が増えたり、組織の形を変えたりすることで少しづつ成体の形に近づいていきます。

発生学は昔からの神秘だった

HomunculusLarge.png
パブリック・ドメイン, リンク

小さな小さな受精卵から複雑な生命体が作られるというのは一見摩訶不思議な出来事であり、昔の人々は「卵子や精子に小さな人間(ホムンクルス)が入っているのでは?」と考えていました。

顕微鏡の発明で有名なアントニ・ファン・レーウェンフックは精液を観察した際、「精子は種で、卵子という畑に生命を植え付ける」と考え、そのあとオランダの科学者、ニコラス・ハルトゼーカーが精子の中に胎児が入っている様子を上のイラストに描写しています。

もちろんこれらの説は後程否定されていますが、当時たくさんの生物学者の好奇心を刺激した現象であることには間違いないでしょう。

神経胚は脊椎動物に特有の発生途中の一過程

基本的に発生の大まかな流れは

受精卵 → 卵割 → 胞胚 → 原腸の形成 → 胚葉の分化 → 形態形成

というステップを踏みます。後で詳しく説明しますので、今は頭の隅にとどめておいておくだけで十分です。
このうち、「神経胚(しんけいはい)」というのは脊椎動物に特有の段階で、形態形成の一部分に当たります。

\次のページで「神経胚を経る脊椎動物の発生過程」を解説!/

神経胚を経る脊椎動物の発生過程

続いて、脊椎動物の発生過程について詳しく見ていきましょう。

受精・卵割と胞胚

HumanEmbryogenesis.svg
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まず精子と卵子が融合して、受精卵が作られます。

受精卵はその後まもなく「卵割」という段階に。1つの細胞だった受精卵が体細胞分裂を繰り返し、倍々に細胞数を増やしていきます(上の写真ではDay 2)。この時細胞数は増えますが、胚全体の体積は同じままです。おおむね16-32個の細胞数になるまで分裂したものを「桑実胚(そうじつはい)」と呼ぶこともあります。これはこの状態の胚が桑の実に似ているからですね。

そのあと、「胞胚」というステージへ (上の写真の Day 5-7)。このステージでは胚はシャボン玉のように中が空洞の球になり、外側に細胞が並んでいる形になります。人間ではこの胞胚の時点で、子宮内膜に胚が着床するのです(写真のDay 7 が着床の様子)。

原腸形成

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Pidalka44 - 投稿者自身による著作物, パブリック・ドメイン, リンクによる

続いて、原腸の形成を見ていきましょう。胞胚の表面の細胞が中に潜り込むようにしてくぼみを生成し、このくぼみを原口と呼びます。

クラゲやプラナリアの仲間は1つしか出入り口がなく袋のようになり、この袋状の部分は原腸とよばれます(写真参照)。一方で、その他の動物では原口の反対側にもう一つ穴が開き、パイプのような管状に。この袋や管が後に消化器官に分化していくのです。

胚葉の分化

原腸陥入後、胚の細胞がどの器官に分化するか大まかに決まってきます。原腸の形成で胚の外側の細胞(先程の写真ではオレンジ)は外肺葉、内側の細胞(写真では赤)は内胚葉と呼ばれる細胞群に分かれ、この二つの胚葉しか持たない生物は二胚葉性動物と呼ばれるのです。二胚葉性動物にはクラゲやクシクラゲの類が含まれますね。

その他多くの動物では外肺葉と内胚葉の間の隙間にもう一つ、中胚葉という細胞群を形成し、三胚葉性動物となります。脊椎動物ではこの中胚葉から、胚を支える軸の役割を持つ脊索が形成されるのです。

神経胚の神経管形成

神経胚の神経管形成

image by Study-Z編集部

脊索動物では原腸形成後、今度は神経管の形成という段階を踏み、この時点の胚を神経胚といいます。

上の写真は、神経胚を輪切りにした時の断面図です。外、中、内胚葉という細胞の層と、脊索の断面が見えますね。神経胚ではまずこの脊索の上に、神経板という少し分厚い外肺葉の層が形成されます。そのあとこの神経板が中央に落ち込むようにして溝を作り、やがて管状の器官に。これが神経管という部分で、後に脳や脊髄などの中枢神経系に分化していきます。

形態形成・組織の分化

最後に、分化した胚葉が様々な組織を形作る段階を形態形成と呼びます。この段階で胚はだんだん成体に似た体構造を持つようになりますね。

脊椎動物では、
外肺葉→皮膚と神経
中胚葉→骨や筋肉、および心臓や腎臓などを含む内部器官
内胚葉→胃や腸などの消化器官、および消化器官と連続している器官(肺、肝臓、すい臓など)
にそれぞれ分化していきます。

\次のページで「神経胚の発生において形成不全が起こるとどうなる?」を解説!/

神経胚の発生において形成不全が起こるとどうなる?

胚の発生途中に何らかの問題があった場合、形成異常などの症状が現れることがあります。今回は神経胚に関連した異常があった場合、どんな症状が起こりうるかを軽く見ていきましょう。

神経管閉鎖障害

Spina-bifida.jpg
Centers for Disease Control and Prevention - Centers for Disease Control and Prevention, パブリック・ドメイン, リンクによる

神経管形成時、外肺葉が溝を作るように落ち込んで管を作りますが、この時完全に閉じた管にならずに穴が開いていると、その後脳や脊髄の形成がうまくいかなくなります。神経管が閉じないことによって発生する様々な症状はまとめて神経管閉鎖障害と呼ばれているのです。

有名なものに頭部の神経管が閉じないことで脳がほとんどない胎児が発生する無脳症、またはお尻の近くの神経管が閉じないことで脊髄が外に飛び出し、胎児の腰のあたりにこぶができる二分脊椎症などが挙げられますね。無脳症に関しては胎児の生存は困難で治療法も確立されていないため、悲しいことに無脳症であることが判明した場合は中絶が勧められています。

神経管の形成と葉酸の関係

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神経管の形成には葉酸の働きが関係しており、妊婦が葉酸を十分に取ることで神経管閉鎖障害が発生するリスクを軽減することができます。ただし妊娠が発覚してから葉酸を取るのでは手遅れになる場合も多いので、日本では妊娠を計画している段階で葉酸を取ることも推奨されていますね。

神経胚は脳や脊髄のもととなる神経管を形成する胚

この記事では動物の大まかな発生過程、神経胚とは何か、および起こりうる形成異常について説明しました。発生学はいきなり詳細を見てしまうと難解ですが、大まかな流れを把握するだけならそこまで難しくないと思えたなら幸いです。

現在では医療関係者や研究者の努力の甲斐あって、奇形児や先天障害などのリスクを最小限に抑えられる様々な手法が確立されています(葉酸摂取もその一つですね)。それでもまだまだ奥が深い学問で、今後も様々な発見が期待されることでしょう。

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神経胚ってどんな胚?脊椎動物の発生過程を分かりやすく生オリメダリストがわかりやすく解説



受精卵という一個の細胞から様々な器官をもつ生物へ複雑化していく過程は「発生」と呼ばれる。高校生物で習ったことがある人もいるでしょうが、複雑でいまいち覚えきれないという人が多いのではないでしょうか。特に「胚葉」「胞胚」「神経胚」などといった難しい言葉が多いものだから苦手意識を持ってしまった人もいるのではと思う。

今日はできるだけ複雑な部分を省き、脊椎動物の発生の大まかな流れを把握できるように生物学オリンピックメダリストのNoctilucaと解説していこうと思う。

ライター/Noctiluca

高校時代に生物学の面白さに気づき、のちに国際生物学オリンピックで金メダルを受賞。現在は自分の「好き」を突き詰めるため、医学生として勉強中。

神経胚の前に…そもそも発生とは?胚発生学の歴史についても短く解説

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生物学における「発生」とは、新しい多細胞生物が受精卵から徐々に複雑な組織を形成していく過程を指します。

上記の写真は人間の受精後間もない卵細胞の写真です。最初は単一の細胞ですが、細胞分裂によって細胞が増えたり、組織の形を変えたりすることで少しづつ成体の形に近づいていきます。

発生学は昔からの神秘だった

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小さな小さな受精卵から複雑な生命体が作られるというのは一見摩訶不思議な出来事であり、昔の人々は「卵子や精子に小さな人間(ホムンクルス)が入っているのでは?」と考えていました。

顕微鏡の発明で有名なアントニ・ファン・レーウェンフックは精液を観察した際、「精子は種で、卵子という畑に生命を植え付ける」と考え、そのあとオランダの科学者、ニコラス・ハルトゼーカーが精子の中に胎児が入っている様子を上のイラストに描写しています。

もちろんこれらの説は後程否定されていますが、当時たくさんの生物学者の好奇心を刺激した現象であることには間違いないでしょう。

神経胚は脊椎動物に特有の発生途中の一過程

基本的に発生の大まかな流れは

受精卵 → 卵割 → 胞胚 → 原腸の形成 → 胚葉の分化 → 形態形成

というステップを踏みます。後で詳しく説明しますので、今は頭の隅にとどめておいておくだけで十分です。
このうち、「神経胚(しんけいはい)」というのは脊椎動物に特有の段階で、形態形成の一部分に当たります。

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