みんなはウイルス学者のウェンデル・スタンリーを知っているか。彼は人類史上初めてウイルスの分離に成功したことでノーベル賞を受賞したのです。そんなスタンリーの経歴や研究対象にしていたタバコモザイクウイルスについて、さらにウイルス研究の歴史について生物に詳しいライターききと一緒に解説していきます。

ライター/きき

大学生の頃は農学部に所属し植物のことを勉強した。現在は大学院に進学し植物のことを研究中。生物や植物の面白さを伝えられるライターを目指している。

ウェンデル・スタンリーってどういう人?

Wendell Meredith Stanley.jpg
不明 - http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/chemistry/laureates/1946/stanley.html, パブリック・ドメイン, リンクによる

ウェンデル・メレディス・スタンリー(Wendell Meredith Stanley)はアメリカの生化学者・ウイルス学者であり、世界で初めてウイルスの分離・結晶化に成功しました。この功績により、ノーベル化学賞を受賞したことで知られています。ここから、ウェンデル・スタンリーの詳しい経歴や研究成果などについてみていきましょう。

誕生から研究者になるまで

ウェンデル・スタンリーは、1904年にアメリカのインディアナ州にて誕生しました。同州のアールハムカレッジで化学を学び、1927年にイリノイ大学で修士号を取得、1929年に化学の博士号を取得します。大学卒業後、全米研究評議会のメンバーとして1931年までドイツのミュンヘンに留学、帰国後、1932年から1948年までロックフェラー研究所の研究員になりました。

タバコモザイクウイルスの分離・結晶化の成功

ロックフェラー研究所で大量のタバコの葉を使ってタバコモザイクウイルスの研究に取り組んでいました。1935年にタバコモザイクウイルスの結晶化に成功し、分離することができたのです。この研究結果によりウイルスは存在することが明らかになったことから、スタンリーは1946年にノーベル化学賞を受賞しました

スタンリーが分離したタバコモザイクウイルスとは?

そもそもウェンデル・スタンリーが研究題材にしていた「タバコモザイクウイルス(tobacco mosaic virus、TMV)」とは、どういったウイルスなのでしょうか。ここからは、ウイルス全般の特徴を含めた代表的なものを4つ解説していきます。

特徴 1:タバコモザイク病を引き起こす

image by iStockphoto

TMVは、植物に感染するとタバコモザイク病を引き起こします。主にタバコなどのナス科、マメ科、キク科など多くの植物に感染し、葉に円形や不定形などのまだら模様が発生し、生育が悪くなってしまうのです。さらに、果実は黄化し奇形になってしまい落果しやすくなります。

タバコモザイク病は、「汁液伝染(じゅうえきでんせん)」と「土壌伝染」で広まることが特徴です。「汁液伝染」は、TMVに感染した植物の汁液が付いた作業者の手や農機具が他の植物に触れることで伝染します。一方で「土壌伝染」は、ウイルスが根や地際から侵入することで伝染する方法です。そのため、早期発見をしなければ、一気に広まってしまいます。人間が病気にかかると何かしらの治療を施すことで治すことができますが、植物は一度病気にかかってしまうと治すことができません。そのため、感染しないように予防(防除)することがポイントになります。TMVを予防するには植物の種子消毒や、土壌消毒を行う、発病した株は発見次第除去、焼却することが効果的です。

このように、TMVはタバコモザイクウイルス病という厄介な植物病を引き起こすウイルスなのですよ。

\次のページで「特徴 2:タンパク質と核酸からできている」を解説!/

特徴 2:タンパク質と核酸からできている

特徴 2:タンパク質と核酸からできている

image by Study-Z編集部

ウイルスは動植物などの生物と異なり、かなりシンプルな構造になっているのです。多くのウイルスは核酸を持ち、その周りにタンパク質(外被タンパク質)が核酸を守るように囲んでいます。

TMVの場合、外側のタンパク質はらせん状に結合しており、核酸は1本鎖のRNAです。このRNAはタンパク質のらせんに沿うように保護されています。

特徴 3:生物の体内で複製する

ウイルスは核酸とタンパク質だけと言う非常にシンプルな構成で出来ているのでした。これだけシンプルな構造なので、ウイルスは単体で増えることができません。そのため、他の生物の体内に侵入し、その生物のタンパク質や遺伝子材料を利用して個体数を増やす必要があります。

TMVの場合、自身で合成したタンパク質と宿主のタンパク質を合体させて、自身のRNAを合成する酵素である「RNAポリメラーゼ」を作るのです。このように、ウイルスは宿主のタンパク質を利用しながら、自己を複製し個体数を増やします。

特徴 4:動物には感染しない

植物ウイルスは動物には感染しません。さらに、TMVはウイルスの中で初めて分離できたものでもあるので、ウイルスの構造や分子生物学研究によく利用されました。人間にも感染するようなウイルスで研究を行うことも大事ですが、作業者が感染してしまうリスクがありますよね。そのため、必要に応じてTMVを使ってウイルス研究されていたそうですよ。

ウイルス研究の歴史

ノーベル化学賞が受賞されるほどの大発見となったスタンリーによるTMVの分離・結晶化。この功績が発表される前は、そもそもウイルスの存在自体も不確かでした。ウイルスの発見から分離・結晶化、そしてその後のウイルス研究について解説します。

1 細菌発見による微生物研究の始まり

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微生物の研究は、1674年にオランダ出身の科学者、アントニー・ファンレーウェンフック顕微鏡で細菌を見つけたことから始まりました。このおよそ200年後にドイツの医師兼細菌学者のロベルト・コッホが炭疽菌、結核菌およびコレラ菌を発見したことで、感染症は病原性細菌によって引き起こされることを示したのです。このことから、動物と植物のどちらも感染症の原因は細菌にあると考えられていました。

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2 未知の病原の発見

1862年にロシアの微生物学者であるドミトリー・ヨシフォヴィチ・イワノフスキーが、細菌を濾過した抽出液でもタバコモザイク病を引き起こすことを発見しました。このことから、この病原は細菌よりも小さく、顕微鏡では見ることができないものだとしたのです。その後、イワノフスキーが発見したものと似たような病原体が現れ、それらを「濾過性病原体」と呼ばれるようになりました。

3 ウイルスの存在が信じられるようになる

オランダのマルティヌス・ベイエリンクは、「濾過性病原体」は小さな細菌ではなく、分子であることを主張しました。そして、その分子(ウイルス)が細胞に感染することで増殖すると考えたのです。最初は、多くの研究者にこの仮説を受け入れてもらえませんでした。しかし、似た性質を持つ病原体や細菌に感染するバクテリオファージが発見されたことから「ウイルス」の存在を支持する人が増えたのです。

その後、ウイルスの性質の解明が進み、ウイルスはタンパク質で構成されていると考えられるようになりました。

4 TMVの結晶化に成功

1935年、ついにスタンリーがTMVの結晶化に成功します。また、ウイルスは結晶化されてもなお、感染能力を失わないことも多くの研究者を驚かせました。この研究成果から、ウイルスは確かに存在することが証明されたのです。さらに、この実験から、ウイルスはタンパク質だけでなく微量のRNAを含むことが明らかになりました。

5 次々と他のウイルスの分離に成功する

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TMVの分離および結晶化の成功は、ウイルス研究の世界で大きな影響を与えました。これをきっかけに、その後植物ウイルスだけでなく、動物に感染する動物ウイルスやバクテリオファージの分離精製されるようになりました。ウイルスの分離ができたことで、ウイルスを実験で利用でき、植物、動物ウイルスに関わらず、さらに新たな知見を得ることができたのです。

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ウェンデル・スタンリーはウイルスの解明に大きく貢献した!

ウェンデル・スタンリーは人類史上初めてウイルスの分離と結晶化に成功した研究者でした。このウイルスはタバコモザイク病を引き起こすタバコモザイクウイルス(TMV)なのでしたね。スタンリーの大発見により動植物に感染する謎の病原体が明らかになり、ウイルス学が発展し、病気の予防や防除、新薬の開発にも繫がったのです。この発見がなければ、謎の植物病による食料不足や、正体不明の感染症によって私たち人間も苦しむことになっていたのかもしれません。

今もなお、ウイルスの世界にはたくさんの課題があり、多くの研究者が謎を解き明かそうとしています。今後のウイルス学の発展に期待しましょう。

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ウェンデル・スタンリーって誰?何をした人?TMVやウイルス研究についても現役理系学生がわかりやすく解説

みんなはウイルス学者のウェンデル・スタンリーを知っているか。彼は人類史上初めてウイルスの分離に成功したことでノーベル賞を受賞したのです。そんなスタンリーの経歴や研究対象にしていたタバコモザイクウイルスについて、さらにウイルス研究の歴史について生物に詳しいライターききと一緒に解説していきます。

ライター/きき

大学生の頃は農学部に所属し植物のことを勉強した。現在は大学院に進学し植物のことを研究中。生物や植物の面白さを伝えられるライターを目指している。

ウェンデル・スタンリーってどういう人?

ウェンデル・メレディス・スタンリー(Wendell Meredith Stanley)はアメリカの生化学者・ウイルス学者であり、世界で初めてウイルスの分離・結晶化に成功しました。この功績により、ノーベル化学賞を受賞したことで知られています。ここから、ウェンデル・スタンリーの詳しい経歴や研究成果などについてみていきましょう。

誕生から研究者になるまで

ウェンデル・スタンリーは、1904年にアメリカのインディアナ州にて誕生しました。同州のアールハムカレッジで化学を学び、1927年にイリノイ大学で修士号を取得、1929年に化学の博士号を取得します。大学卒業後、全米研究評議会のメンバーとして1931年までドイツのミュンヘンに留学、帰国後、1932年から1948年までロックフェラー研究所の研究員になりました。

タバコモザイクウイルスの分離・結晶化の成功

ロックフェラー研究所で大量のタバコの葉を使ってタバコモザイクウイルスの研究に取り組んでいました。1935年にタバコモザイクウイルスの結晶化に成功し、分離することができたのです。この研究結果によりウイルスは存在することが明らかになったことから、スタンリーは1946年にノーベル化学賞を受賞しました

スタンリーが分離したタバコモザイクウイルスとは?

そもそもウェンデル・スタンリーが研究題材にしていた「タバコモザイクウイルス(tobacco mosaic virus、TMV)」とは、どういったウイルスなのでしょうか。ここからは、ウイルス全般の特徴を含めた代表的なものを4つ解説していきます。

特徴 1:タバコモザイク病を引き起こす

image by iStockphoto

TMVは、植物に感染するとタバコモザイク病を引き起こします。主にタバコなどのナス科、マメ科、キク科など多くの植物に感染し、葉に円形や不定形などのまだら模様が発生し、生育が悪くなってしまうのです。さらに、果実は黄化し奇形になってしまい落果しやすくなります。

タバコモザイク病は、「汁液伝染(じゅうえきでんせん)」と「土壌伝染」で広まることが特徴です。「汁液伝染」は、TMVに感染した植物の汁液が付いた作業者の手や農機具が他の植物に触れることで伝染します。一方で「土壌伝染」は、ウイルスが根や地際から侵入することで伝染する方法です。そのため、早期発見をしなければ、一気に広まってしまいます。人間が病気にかかると何かしらの治療を施すことで治すことができますが、植物は一度病気にかかってしまうと治すことができません。そのため、感染しないように予防(防除)することがポイントになります。TMVを予防するには植物の種子消毒や、土壌消毒を行う、発病した株は発見次第除去、焼却することが効果的です。

このように、TMVはタバコモザイクウイルス病という厄介な植物病を引き起こすウイルスなのですよ。

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