自衛隊の前身組織「警察予備隊」とは?創設された経緯や自衛隊に改編された理由などを歴史好きライターが分かりやすくわかりやすく解説!
実は当初から軍備が想定されていた
警察予備隊の重武装化は、朝鮮戦争の悪化が契機となったものでした。しかし、偶発的に重装備化したのかというと、それは正しくありません。実は、警察予備隊が設立される前の1948(昭和23)年には、GHQで日本の再軍備化についてすでに話し合われていました。
そもそもGHQは、日本を統治管理するため一時的に置かれた組織です。よって、その役目を終えれば解体されると決まっており、日本に駐留していた米軍も撤退することになっていました。撤退する米軍に代わり、日本に軍備を配置することの必要性を当初から感じていたのです。
警察予備隊の組織改編
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日本を防衛するための組織として誕生した警察予備隊でしたが、すぐにその役目は終わります。なぜそうなったのかという理由と、後継となった組織について見ていきましょう。
警察予備隊から保安隊へ
サンフランシスコ講和条約の締結後も、警察予備隊令は有効となるはずでした。しかし、当時の政府は、法的根拠が明らかな組織構築が必要であると考えます。そのため、1952(昭和26)年に保安庁法を成立させ、保安庁を設置。海上警備隊が保安庁警備隊として編成し直されました。
警察予備隊の一部は先に廃止され、部隊などが警察予備隊の名称のまま保安庁の下部組織としてしばらくは存続します。その後の準備期間を経て、警察予備隊は保安隊と名称を変えて改編されました。これにより、警察予備隊はわずか2年で廃止されたことになります。
保安隊から自衛隊へ
1952(昭和27)年に発足した保安隊。初めての大演習は富士山麓で行われ、1000台以上の車両が模擬攻防戦を繰り広げました。1953(昭和28)年には、台風被害による救助活動も行われています。しかし、発足からわずか2年にして、保安隊も廃止されることとなったのです。
1954(昭和29)年、日本とアメリカ合衆国との間で相互防衛援助協定が結ばれました。これにより、日本は自らの手で防衛するという義務が生ずることになります。そこで、防衛庁設置法と自衛隊法を制定し、保安隊を自衛隊に改編しました。それに伴い、陸上自衛隊・海上自衛隊・航空自衛隊と、それらを管理する防衛庁が発足します。
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