リヒャルト・ワーグナーは「楽劇王」とも呼ばれる19世紀のドイツ人作曲家。1813年に生まれ、1883年に亡くなった。ワーグナーはほとんどの歌劇を、筋書きから台本まで自ら。自身でピアノも演奏した。

作詞、作曲、大道具、劇場設計に至るまですべて一人で創作する、いわゆる「プロデューサー」の先駆け。そんなワーグナーの生涯と作品について、世界史に詳しいライターひこすけと一緒に解説していきます。

ライター/ひこすけ

アメリカの歴史と文化を専門とする元大学教員。後世のさまざまな芸術家に影響を与えたワーグナー。彼の個性的なキャラクターに惹かれ、調べてみることにした。

ワーグナーとはどのような人物?

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ワーグナーは、名前こそ知られていますが、その人物像は謎に包まれています。芸術史に名前を残す奇才にふさわしく、ユニークな人生を歩みました。

ワーグナーの少年時代

ワーグナーは、1813年にザクセン王国のライプツィヒに生れました。10年前に皇帝に即位したナポレオンが、ロシア遠征で敗北した翌年のことです。父はリヒャルトの生後すぐに病死。翌年に母は再婚、一家はドレスデンへ移住します。

ワーグナーの家族は大の音楽好き。家で演奏会をたびたび開催するほどでした。ワーグナーは14歳でピアノを習い、15歳でベートーヴェンに心酔。音楽家になることを決意しました。

めちゃくちゃな青年時代を送ったワーグナー

ワーグナーは18歳でライプツィヒ大学に入学。翌年には交響曲「ハ長調」を完成させます。この作品は高く評価されましたが、 数年後に大学を中退。独自に師に付き作曲を学び、20歳で市立歌劇場の合唱指揮者に就任しました。

しかし、同僚と揉め事ばかり起こしていたようです。21歳で女優と大恋愛、結婚しました。しかし、金銭トラブルが絶えず、26歳で夜逃げしてパリへ向かいます。

しかしながらパリでは認められず貧乏生活。支援者から多額の借金をしては、踏み倒して逃げるの繰り返し。貧乏であるにもかかわらず、どこかで金を工面して自分専用の列車を作ったり、高所得者5年分の年分の年収を1カ月で 使い果たしたり、自由奔放な生活を送ります。そんな生活を送りながらも数多くの作品を残しました。

30代はワーグナーの全盛期

30歳目前でオペラ「リエンツイ」を大成功させたワーグナー。ドレスデン国立歌劇場管弦楽団の指揮者に就任します。さらに、「ローエングリン」「タンホイザー」「さまよえるオランダ人」などの大作を完成させました。

このころ、フランスで起こったのが「二月革命」。革命空気感が高まるなか、33歳でベートーヴェンの「交響曲第九」の公演を成功させます。今では知らぬ者はいない第九ですが、それまで世間では忘れられていました。36歳でドレスデン革命に参加。指名手配を受けたためスイスへ亡命しました。

活力あふれる晩年のワーグナー

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ワーグナーの人生の後半は、創作活動に加え、政治にも積極的に関与するもの。しかし、攻撃的で協調性のない性格はなおることなく、居場所を見出すことなく人生を終えました。

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波乱万丈のワーグナーの晩年

ワーグナーは45歳でイタリアに移住。翌年に「トリスタンとイゾルテ」を完成させました。そのあいだに結婚し、56歳で長男ジークフリードをもうけます。精力的に創作活動を続け、「ジークフリート」や「神々の黄昏」などを世に送り出しました。

49歳で亡命生活は終了。ザクセン公国に入国します。ワーグナーに心酔したバイエルンの青年王ルードヴィヒに呼び寄せられますが、しかし、政治に口を出しすぎてたくさんの敵を作りました。

1883年に心臓発作で死去

やむを得ず王によりバイエルンから退去させられたワーグナーは各地を転々、人妻だったリストの娘と結婚する、63歳でバイロイト祝祭劇場を完成させるなど、その活動は華やかでした。

イタリア各地の保養地を旅行し、67歳でナポリに移住します。1882年、最後の作品となる舞台神聖祝祭劇「パルジファル」を創作。1883年2月13日、69歳で心臓発作にて亡くなりました。

ワーグナーは自己中心的でプライドが異常に高く、他人には攻撃的。友達は皆無でした。そのうえ、浪費家で借金はすぐに踏み倒す始末。さらに放浪癖もありました。しかしながら、オペラの世界に革命を起こした天才作曲家であったことは確か。天才と変人は紙一重であることがよく分かりますね。

ワーグナーを生み出したオペラの歴史

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ワーグナーは世紀の天才であることは間違いありません。ただ、同時にヨーロッパのオペラ界には、ワーグナーが生まれる土壌があったことも確かです。題名は知らなくても、みなさんも聞いたことがある曲がたくさん生まれました。

ヨーロッパのオペラの歴史

オペラを簡単に説明すると、古代ギリシャ劇をイタリア人が復活させたものが、徐々に派手に大がかりになったもの。イタリア発生の伝統的な歌芸能のひとつで、400年近い歳月をかけて形作られたものです。

古代ギリシャ劇を復活させようと、イタリア人が着手した一大プロジェクト。そのためギリシャ神話や旧約聖書の内容が扱われる傾向がありました。フイレンツエに始まり、ナポリで発展、フランスやウィーンに広まりました。世界最古のオペラが1597年の「ダフネ」。その150年後にモーツァルトが誕生しました。

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フランス革命後にヨーロッパ各地にひろがる

そのころにフランス革命が勃発。貴族は衰退、歴史の主役は庶民へと移りました。さらに移動の手段が馬から鉄道になり、人間の移動が活発化。文化があっという間にヨーロッパ中に広がり、ヨーロッパ中にオペラの愛好者が生れました。

ワーグナーの楽曲は、それまでの伝統的オペラを打ち破るものでした。イタリアのオペラの特徴は、アリア(独唱)、二重合唱、合唱というように、ひとつずつ区切るもの。それをワーグナーは「無限旋律」という手法で一つの音楽に変化させました。その結果、楽譜も大きく変化しました。

ウィーンで生まれたのが「オペレッタ」。これが現在のミュージカルの元祖です。ヨーロッパ中に広まったとはいえ、オペラは発祥の地はイタリア。オペラと言えばイタリアと言われていました。そのころにあらわれたのがドイツの作曲家ワーグナー。彼は、伝統的なイタリアのオペラに革命を起こしました。そもそもヨーロッパの音楽界は、ベートーヴェンに端を発するロマン派から発生。ワーグナーは、ロマン派の音楽をさらに進化させ、オペラに休止符を打ちました。

ワーグナーの楽劇は人々の感情や感覚を強く刺激するもの。さらにそのテーマはゲルマン主義。それがのちにヒトラーに気に入られる要因でした。ワーグナーの歌劇は、ドイツ国民の自尊心を高揚させるもの。そこでヒトラーは、明瞭で力強いセリフ、興奮と陶酔を湧き上がらせるワーグナーの舞台を、自分の演説でたびたび引用しました。自分の死後、ヒトラーに利用されるとはワーグナー自身、想像もしなかったでしょう。総合芸術は、それほど人を刺激するものでした。

ワーグナーの代表作「タンホイザー」

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ワーグナーはたくさんの代表作を世に送り出しましたが、そのなかでも有名な作品のひとつが「タンホイザー」。正式題名は「タンホイザーとヴァルトブルクの歌合せ」です。

タンホイザーの一幕は迷いの物語

ヴァルトブルク城の騎士タンホイザーは、快楽を求めてこの世のものではない「快楽の洞窟」に籠ります。そこで「快楽の女神ヴェーヌス」と快楽に耽りました。タンホイザーは人間の世界に帰りたくなります。しかし、ヴェーヌスはタンホイザーを怒りながら引き留めました。そこでタンホイザーが聖母マリアに祈りをささげると、ヴェーヌスも洞窟も消滅しました。

ヴァルトブルク城の近くにある谷間に戻って来たタンホイザー。地上に戻れたことを神に感謝します。そのときヘルマン一世が通りかかり、長いあいだ姿を消していたタンホイザーとの再会を喜び、再び騎士として受け入れました。

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タンホイザーの二幕は罪の物語

タンホイザーはエリザベートの歌に惹かれ、城に帰ります。そしてヘルマン王は「歌合戦」の開催を宣言。歌合戦とはヘルマン一世が宮殿で開いた遊びのこと。遊びとはいえ、負けたら命を差し出す過激なものでした。参加者たちは、勝つために魔術師の力まで借りました。

意歌合戦のテーマは「愛」。心の中でエリザベートを愛していたヴォルフラムは「愛の純粋さ」を謳います。それに対してタンホイザーは「官能的な愛」を謳い、快楽の女神ヴェーヌスを賛美しました。それにより彼が「快楽の洞窟」にいたことが発覚、女性たちは逃げ出してしまいました。

タンホイザーの三幕は贖罪の物語

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3幕は、エリザベートのタンホイザーを想う気持ちであふれています。彼女は、城の近くの谷間の聖母マリア像の前で祈り続け、彼女を密かに愛するヴォルフラムは彼女を見守りました。

快楽の女神ヴェーヌスに取りつかれたタンホイザー

しかし、巡礼を終えた人々のなかにタンホイザーはいません。そこでエリザベートは、自分の命と引き換えにタンホイザーを戻すようにマリアに祈ります。それを止めようとするヴォルフラムを制止。エリザベートは天へ昇りました。

そのときタンホイザーが帰還。なんと彼が呼んだのは快楽の女神ヴェーヌスの名でした。あたりが暗くなりヴェーヌスが登場。タンホイザーはヴェーヌスに引き寄せられていきます。ヴォルフラムは彼を引き留めようとしました。

エリザベートの亡骸と共に息絶えるタンホイザー

ヴォルフラムがエリザベートの名を呼ぶと、タンホイザーは我に返ります。そして、タンホイザーを惑わせ続けたヴェーヌスは消え去りました。

我に返ったタンホイザーのもとにやってきたのは、彼のために命をささげたエリザベートの亡骸を運ぶ葬儀の列。彼女の死を悟ったタンホイザーは棺桶の上の倒れこみ、そのまま息絶えました。

賛否が分かれる世紀の天才プロデューサーのワーグナー

ここでワーグナーについてまとめると、19世紀を代表するドイツの作曲家、楽劇の創始者、オペラの伝統を改革し、新しい音楽を生み出した人物。才能あふれる人物ですが、人間的には問題あり。道徳心も協調性もありませんでした。また、ワーグナーは反ユダヤ主義的な一面を持っており、ヒトラーの思想を強化させたと批判されることもありました。ただし、ワーグナー本人は反ユダヤ思想をまったくもっておらず、ヒトラーに勝手に利用されたという声も。そのためワーグナーの歌劇は、今でも賛否がわかれる傾向が今でもあります。それを踏まえて、ワーグナーの歌劇に触れてみてはいかがでしょうか。

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ドイツヨーロッパの歴史世界史

歌劇プロデューサーの先駆け「ワーグナー」の個性的な人生と作品を元大学教員が5分でわかりやすく解説

リヒャルト・ワーグナーは「楽劇王」とも呼ばれる19世紀のドイツ人作曲家。1813年に生まれ、1883年に亡くなった。ワーグナーはほとんどの歌劇を、筋書きから台本まで自ら。自身でピアノも演奏した。

作詞、作曲、大道具、劇場設計に至るまですべて一人で創作する、いわゆる「プロデューサー」の先駆け。そんなワーグナーの生涯と作品について、世界史に詳しいライターひこすけと一緒に解説していきます。

ライター/ひこすけ

アメリカの歴史と文化を専門とする元大学教員。後世のさまざまな芸術家に影響を与えたワーグナー。彼の個性的なキャラクターに惹かれ、調べてみることにした。

ワーグナーとはどのような人物?

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ワーグナーは、名前こそ知られていますが、その人物像は謎に包まれています。芸術史に名前を残す奇才にふさわしく、ユニークな人生を歩みました。

ワーグナーの少年時代

ワーグナーは、1813年にザクセン王国のライプツィヒに生れました。10年前に皇帝に即位したナポレオンが、ロシア遠征で敗北した翌年のことです。父はリヒャルトの生後すぐに病死。翌年に母は再婚、一家はドレスデンへ移住します。

ワーグナーの家族は大の音楽好き。家で演奏会をたびたび開催するほどでした。ワーグナーは14歳でピアノを習い、15歳でベートーヴェンに心酔。音楽家になることを決意しました。

めちゃくちゃな青年時代を送ったワーグナー

ワーグナーは18歳でライプツィヒ大学に入学。翌年には交響曲「ハ長調」を完成させます。この作品は高く評価されましたが、 数年後に大学を中退。独自に師に付き作曲を学び、20歳で市立歌劇場の合唱指揮者に就任しました。

しかし、同僚と揉め事ばかり起こしていたようです。21歳で女優と大恋愛、結婚しました。しかし、金銭トラブルが絶えず、26歳で夜逃げしてパリへ向かいます。

しかしながらパリでは認められず貧乏生活。支援者から多額の借金をしては、踏み倒して逃げるの繰り返し。貧乏であるにもかかわらず、どこかで金を工面して自分専用の列車を作ったり、高所得者5年分の年分の年収を1カ月で 使い果たしたり、自由奔放な生活を送ります。そんな生活を送りながらも数多くの作品を残しました。

30代はワーグナーの全盛期

30歳目前でオペラ「リエンツイ」を大成功させたワーグナー。ドレスデン国立歌劇場管弦楽団の指揮者に就任します。さらに、「ローエングリン」「タンホイザー」「さまよえるオランダ人」などの大作を完成させました。

このころ、フランスで起こったのが「二月革命」。革命空気感が高まるなか、33歳でベートーヴェンの「交響曲第九」の公演を成功させます。今では知らぬ者はいない第九ですが、それまで世間では忘れられていました。36歳でドレスデン革命に参加。指名手配を受けたためスイスへ亡命しました。

活力あふれる晩年のワーグナー

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ワーグナーの人生の後半は、創作活動に加え、政治にも積極的に関与するもの。しかし、攻撃的で協調性のない性格はなおることなく、居場所を見出すことなく人生を終えました。

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