ドイツヨーロッパの歴史世界史

歌劇プロデューサーの先駆け「ワーグナー」の個性的な人生と作品を元大学教員が5分で解説

よぉ、桜木建二だ。リヒャルト・ワーグナーは「楽劇王」とも呼ばれる19世紀のドイツ人作曲家。1813年に生まれ、1883年に亡くなった。ワーグナーはほとんどの歌劇を、筋書きから台本まで自ら。自身でピアノも演奏した。

作詞、作曲、大道具、劇場設計に至るまですべて一人で創作する、いわゆる「プロデューサー」の先駆け。そんなワーグナーの生涯と作品について、世界史に詳しいライターひこすけと一緒に解説していくぞ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

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ライター/ひこすけ

アメリカの歴史と文化を専門とする元大学教員。後世のさまざまな芸術家に影響を与えたワーグナー。彼の個性的なキャラクターに惹かれ、調べてみることにした。

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ワーグナーとはどのような人物?

image by PIXTA / 25984525

ワーグナーは、名前こそ知られていますが、その人物像は謎に包まれています。芸術史に名前を残す奇才にふさわしく、ユニークな人生を歩みました。

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ワーグナーの少年時代

ワーグナーは、1813年にザクセン王国のライプツィヒに生れました。10年前に皇帝に即位したナポレオンが、ロシア遠征で敗北した翌年のことです。父はリヒャルトの生後すぐに病死。翌年に母は再婚、一家はドレスデンへ移住します。

ワーグナーの家族は大の音楽好き。家で演奏会をたびたび開催するほどでした。ワーグナーは14歳でピアノを習い、15歳でベートーヴェンに心酔。音楽家になることを決意しました。

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めちゃくちゃな青年時代を送ったワーグナー

ワーグナーは18歳でライプツィヒ大学に入学。翌年には交響曲「ハ長調」を完成させます。この作品は高く評価されましたが、 数年後に大学を中退。独自に師に付き作曲を学び、20歳で市立歌劇場の合唱指揮者に就任しました。

しかし、同僚と揉め事ばかり起こしていたようです。21歳で女優と大恋愛、結婚しました。しかし、金銭トラブルが絶えず、26歳で夜逃げしてパリへ向かいます。

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しかしながらパリでは認められず貧乏生活。支援者から多額の借金をしては、踏み倒して逃げるの繰り返し。貧乏であるにもかかわらず、どこかで金を工面して自分専用の列車を作ったり、高所得者5年分の年分の年収を1カ月で 使い果たしたり、自由奔放な生活を送ります。そんな生活を送りながらも数多くの作品を残しました。

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30代はワーグナーの全盛期

30歳目前でオペラ「リエンツイ」を大成功させたワーグナー。ドレスデン国立歌劇場管弦楽団の指揮者に就任します。さらに、「ローエングリン」「タンホイザー」「さまよえるオランダ人」などの大作を完成させました。

このころ、フランスで起こったのが「二月革命」。革命空気感が高まるなか、33歳でベートーヴェンの「交響曲第九」の公演を成功させます。今では知らぬ者はいない第九ですが、それまで世間では忘れられていました。36歳でドレスデン革命に参加。指名手配を受けたためスイスへ亡命しました。

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亡命中にも代表作を残したワーグナー。女性関係も派手で、不倫はあたりまえだった。この地で反ユダヤ主義の論文を発表。それは後世にヒトラーに利用され、ワーグナーの名声に大きな傷を残した。

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活力あふれる晩年のワーグナー

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ワーグナーの人生の後半は、創作活動に加え、政治にも積極的に関与するもの。しかし、攻撃的で協調性のない性格はなおることなく、居場所を見出すことなく人生を終えました。

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