今回のテーマは「自然発生説」です。
すでにある生命によって新しい生命が生み出されるという考えは今では常識だと思うが、微生物などがまだ発見されていなかった時、「非生物から生まれる生命体」というものが信じられていた時代もあった。やがて数々の科学者によりそれは否定されることになる。
今回は自然発生説が提唱される経緯、そして自然発生説が否定される科学的実証などについて生物学オリンピックメダリストNoctilucaと見ていこう。

ライター/Noctiluca

高校時代に生物学の面白さに気づき、のちに国際生物学オリンピックで金メダルを受賞。現在は自分の「好き」を突き詰めるため、医学生として勉強中。

自然発生説とは?提唱されたのはいつ?

自然発生説とは、「生物が親以外の物質から発生することもある」という説です。一見どこからともなく湧いてくる生物の発生原理を説明しようとしたものになります。

紀元前4世紀にまでさかのぼる歴史、提唱者はアリストテレス

image by iStockphoto

自然発生説はおそらく長きにわたって暗黙に信じられてきたと考えられますが、初めてはっきりとこの考えを提唱したのがかの有名なアリストテレスです。

多種多様な生物を観察した結果、出産や産卵により生まれてくる生物もたくさんいたものの、その様子が観察されない(観察が難しい)生物もいました。アリストテレスは「ホタルやミツバチは草の露から、ウナギやエビ、タコなどは海底の泥から自然発生する」と記述しています。産卵の様子が観察されなかったからどこからともなく生まれてきたように見えたのでしょう。

そしてこの説はなんと千年ほどにもわたって、ルネサンス期の時代まで疑われることはありませんでした。

自然発生説を肯定する『根拠』

科学的方法がまだ十分に確立しておらず微生物の存在も確認できていなかった時代、一部の生物が自然に発生したように見えるのは無理もありませんでした。日本語でも「ウジ虫・ボウフラがわく」と表現したりしますよね。虫などの小さな生物の産卵の様子を確認するのは難しかったでしょうし、これらの生物は自然に発生するという考えもあまり疑われませんでした。

ヤン・ファン・ヘルモントによる『ネズミの自然発生』実験

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User Magnus Manske on en.wikipedia - Originally from en.wikipedia; description page is (was) here 15:01, 8 July 2004 Magnus Manske 289x390 (52,918 bytes) ({{PD}} (PD by age)), パブリック・ドメイン, リンクによる

実は、自然発生説を証明する『実験』も行われていました。

ヤン・ファン・ヘルモントというその時代では著名な錬金術師が、「小麦と油、牛乳と汚れたシャツをツボに詰めて倉庫に置くとネズミが自然発生する」といった実験内容を発表したのです。

今ならツッコミどころ満載の『実験』ですが、有名な錬金術師であったヘルモントのお墨付きですからその時代では侮れない説得力があったそうですね。

\次のページで「自然発生説の反証の試み」を解説!/

自然発生説の反証の試み

やがて17世紀に入り、科学が大きく発達するようになると、様々な実験を用いて自然発生説を反証する試みが行われるようになりました。

1. レディの実験

1. レディの実験

image by Study-Z編集部

まず最初にイタリアの科学者フランチェスコ・レディが次のシンプルな実験を行いました。

まず二つの魚の死体を入れた空き瓶を用意し、その一つだけにガーゼで蓋をして放置。すると、ガーゼをしなかった方はウジがわく一方でガーゼをした瓶にはウジが発生しなかったのです

つまり、ガーゼで覆いをした方はハエが入れない→ハエが卵を産み付けられない→ウジも発生しないという点を証明しました。あくまでハエやウジの自然発生のみを否定した実験ですが、この実験により「他の生物の自然発生も否定できるのではないか?」という可能性が生まれ、自然発生説を否定する大きな一歩になるのです。

またレディの実験は科学的手法において重要な「対照実験」という概念をもたらします。ある条件が実験結果に影響を及ぼすかを検証したい場合、その条件のみを変更した複数の実験結果を比較する、という概念ですね。科学的手法がまだ未熟だった当時では画期的なアイデアでした。

2. スパランツァーニの実験

Spallanzani.jpg
http://home.tiscalinet.ch/biografien/biografien/spallanzani.htm, パブリック・ドメイン, リンクによる

続いて、微生物の自然発生を否定しようとしたのが同じくイタリアの生物学者、ラザロ・スパランツァーニです。

彼が行った実験もシンプルで、まずフラスコにスープ(肉汁)を入れ、それを長時間加熱。加熱している最中にフラスコの口を溶接して完全に密閉します。すると長時間そのスープをほったらかしにしておいてもスープは濁らない→微生物は発生しないという実験結果が得られたのです。

この実験は自然発生説の否定のみならず、加熱による「滅菌」という食品保存法をもたらした画期的な実験でした。この実験により自然発生説は否定された...かのように思えたのですが、自然発生説を支持する科学者からはまだ反論がありました。「新鮮な空気が自然発生には必須で、フラスコを密封したことにより空気が遮断されたから微生物が発生できなかったのでは?」という意見にはスパランツァーニもまだうまく反論できなかったのです。

3. パスツールの白鳥の首フラスコ実験

Louis Pasteur Experiment.svg
By Kgerow16 - Own work, CC BY-SA 4.0, Link

自然発生説を完全に否定するためのバトンはフランスの生化学者、ルイ・パスツールに渡されました。彼はスパランツァーニの実験から派生した「白鳥の首フラスコ実験」を考案します。

まずパスツールはフラスコにスープを入れた後、フラスコの首を加熱して伸ばし、図のようなS字状に曲げました。このようにしたのは空気が出入りできるようにしつつ、微生物やほこりはこの管の曲がった部分から先に入れないようにするためです。

そして残りはスパランツァーニの実験のように加熱して放置。するとやはり、加熱したスープは数か月放置しても微生物は発生しませんでした。また、この首の部分を根元から切ったり、容器を傾けて液体が管の中に触れると微生物は発生するという実験結果から、「空気中に微生物が存在し、その微生物がスープに入ることでスープは腐る。微生物の混入を防げれば空気が出入り出来てもスープは腐らない」という結論に至ったのです。この実験をもって自然発生説はほぼ完全に否定されました。

自然発生説は完全に否定された...のか?

パスツールの実験により完全に否定されたと思われる自然発生説ですが、「生物は生物からしか生まれないなら、地球で一番最初の生物はどうやって誕生した?」という疑問が生まれるかもしれませんね。

実は「原始生命体」の発生においては正しいと思われる

image by iStockphoto

地球上で最初に生まれた生命体、「原始生命体」の発生においては自然発生でしか説明できないと思われます(何せ他に生命体がいなかったですしね)。でもいきなり複雑な生命体が生まれたわけではなく、海水の中に存在したアミノ酸や短い核酸、リン酸などの有機物が合体した程度のものが生命のルーツなど言われています。それが気の遠くなるような歳月をかけてちょっとづつ複雑さを増していき、現在の生物に進化していくのですね。

\次のページで「自然発生説は今こそ否定されるが、反証の過程で科学的実証の基礎をもたらした」を解説!/

自然発生説は今こそ否定されるが、反証の過程で科学的実証の基礎をもたらした

自然発生説は紀元前から長きにわたって信じられてきた説ですが、科学者がその常識を疑い様々な反証法が考案されていくなかで「対照実験」や「加熱滅菌」など様々な面で現代科学の進歩に貢献したといえるでしょう。

ただ観察するだけでは満足せず、きちんと条件をコントロールした実験により論点を証明するという考え方は科学において非常に重要です。読者さんの中には将来科学の道に進みたい方も多くいらっしゃるかもしれませんね。この記事から科学的手法の重要さなどを少しでも学び取っていただけたら幸いです。

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理科生物細胞・生殖・遺伝

自然発生説とは何?提唱者や反証のための実験内容について生オリメダリストがわかりやすく解説

今回のテーマは「自然発生説」です。
すでにある生命によって新しい生命が生み出されるという考えは今では常識だと思うが、微生物などがまだ発見されていなかった時、「非生物から生まれる生命体」というものが信じられていた時代もあった。やがて数々の科学者によりそれは否定されることになる。
今回は自然発生説が提唱される経緯、そして自然発生説が否定される科学的実証などについて生物学オリンピックメダリストNoctilucaと見ていこう。

ライター/Noctiluca

高校時代に生物学の面白さに気づき、のちに国際生物学オリンピックで金メダルを受賞。現在は自分の「好き」を突き詰めるため、医学生として勉強中。

自然発生説とは?提唱されたのはいつ?

自然発生説とは、「生物が親以外の物質から発生することもある」という説です。一見どこからともなく湧いてくる生物の発生原理を説明しようとしたものになります。

紀元前4世紀にまでさかのぼる歴史、提唱者はアリストテレス

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自然発生説はおそらく長きにわたって暗黙に信じられてきたと考えられますが、初めてはっきりとこの考えを提唱したのがかの有名なアリストテレスです。

多種多様な生物を観察した結果、出産や産卵により生まれてくる生物もたくさんいたものの、その様子が観察されない(観察が難しい)生物もいました。アリストテレスは「ホタルやミツバチは草の露から、ウナギやエビ、タコなどは海底の泥から自然発生する」と記述しています。産卵の様子が観察されなかったからどこからともなく生まれてきたように見えたのでしょう。

そしてこの説はなんと千年ほどにもわたって、ルネサンス期の時代まで疑われることはありませんでした。

自然発生説を肯定する『根拠』

科学的方法がまだ十分に確立しておらず微生物の存在も確認できていなかった時代、一部の生物が自然に発生したように見えるのは無理もありませんでした。日本語でも「ウジ虫・ボウフラがわく」と表現したりしますよね。虫などの小さな生物の産卵の様子を確認するのは難しかったでしょうし、これらの生物は自然に発生するという考えもあまり疑われませんでした。

ヤン・ファン・ヘルモントによる『ネズミの自然発生』実験

Jan Baptist van Helmont.jpg
User Magnus Manske on en.wikipedia – Originally from en.wikipedia; description page is (was) here 15:01, 8 July 2004 Magnus Manske 289×390 (52,918 bytes) ({{PD}} (PD by age)), パブリック・ドメイン, リンクによる

実は、自然発生説を証明する『実験』も行われていました。

ヤン・ファン・ヘルモントというその時代では著名な錬金術師が、「小麦と油、牛乳と汚れたシャツをツボに詰めて倉庫に置くとネズミが自然発生する」といった実験内容を発表したのです。

今ならツッコミどころ満載の『実験』ですが、有名な錬金術師であったヘルモントのお墨付きですからその時代では侮れない説得力があったそうですね。

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