現代社会

原水爆禁止運動のきっかけとなった「第五福竜丸事件」とは?事件の概要やその後の影響などを歴史好きライターがわかりやすく解説!

よぉ、桜木建二だ。今回は、第五福竜丸事件について学んでいこう。

マグロの遠洋漁業をしていた第五福竜丸が、水爆実験により被爆したという悲惨な事件は、世界中に衝撃を与えたぞ。

第五福竜丸事件が起きた原因や、その後の原水爆禁止運動に与えた影響などを、日本史に詳しいライターのタケルと一緒に解説していくぞ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

ライター/タケル

資格取得マニアで、士業だけでなく介護職員初任者研修なども受講した経験あり。現在は幅広い知識を駆使してwebライターとして活動中。

核兵器とその使用について

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はじめに、第五福竜丸事件を知るためには、核兵器について知る必要があります。まずは核兵器の開発や使用について見ていきましょう。

核兵器の開発

核分裂反応により大きなエネルギーが発生することは、1930年代に発見されていました。しかし、発電のために原子力が使われだしたのは、1950年代に入ってからのことです。1939(昭和14)年、第二次世界大戦が勃発したのを機に原子爆弾の開発が進められました。平和利用される前に兵器として原子力が使われたのは、不幸というしかありません。

アメリカでは、極秘裏のうちに核開発が進んでいました。作戦本部の場所からマンハッタン計画と呼ばれ、多くの予算と人員が投入されます。そして、1945(昭和20)年7月に、3発の原子爆弾が完成。そのうちの1発を、アメリカ国内の砂漠で人類初の核実験として爆発させました。

広島と長崎に落とされた原子爆弾

2021年までに、地球上で核兵器が実戦使用されたことは2回あります。日本人であれば、その2回がどこだったかはすぐにわかるでしょう。もちろん広島長崎の2か所です。マンハッタン計画で作られた原子爆弾2発が、すぐさま実戦で使われました。

1945(昭和20)年8月6日、広島に原爆が投下。3日後の8月9日には、長崎に投下されました。2つの都市は一瞬にして壊滅し、数十万人の尊い命が奪われることとなります。投下から70年以上たった現在でも、原爆による後遺症で苦しむ人は存在するのです。

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第五福竜丸をモチーフとした作品は多いな。たとえば、現在渋谷駅に設置されている岡本太郎の絵画『明日の神話』は、第五福竜丸が被爆した瞬間を描いたものだぞ。しかし、最も有名なのは、核実験により太古の眠りから目を覚ました怪獣という設定のゴジラだろう。映画『ゴジラ』シリーズには、核廃絶の願いも込められているのだ。

事件の被害者となった第五福竜丸とは?

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では、事件の名前にもなった第五福竜丸とは、いったいどのような船だったのでしょうか。事件の経過も合わせて見ていきましょう。

\次のページで「第五福竜丸とはどのような船だったのか」を解説!/

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