今回は「中立進化説」について見ていきます。

進化説といえばダーウィンの提唱した「自然選択説」、つまり環境に最も適応したものが生き残るという説が有名です。ですが後に分子生物学が発達するにつれ、自然選択は進化の小さな要因に過ぎないのではないかという考えが生まれ、そこで新しく登場したのが「中立進化説」です。この記事では進化の定義や仕組みを説明したうえで、二つの説の違いについて学習していきます。

国際生物学オリンピックメダリストで、現在は医学生として勉強しているNoctilucaが解説してくれるぞ。

ライター/Noctiluca

高校時代に生物学の面白さに気づき、のちに国際生物学オリンピックで金メダルを受賞。現在は自分の「好き」を突き詰めるため、医学生として勉強中。

中立進化説の前に...そもそも進化って何?

image by iStockphoto

進化と聞いて多くの人がパッと思い浮かべるのがあの「サルから人間へ変化する」イメージではないでしょうか。ですが、進化の本質的にそれはあまり正しいイメージではありません。

生物集団内の遺伝子に変化があればそれは進化

進化は「世代を経て生物の形質が変化していく」ことと定義されています。形質といっても必ずしも目に見えるものである必要はなく、たとえDNAの端っこがちょっと変わっただけでも生物学的には進化として捉えるのです。

従って進化はあのサルが人に変わるような直線的なイメージではなく、もっと目立たない地味な変化が生物集団内で蓄積されていく過程のことを指します。

進化が起こるための5つの要因

さて、進化とは集団内の遺伝子の変化だと説明したうえで、その変化を起こす要因には何があるのでしょうか?

進化を起こす要因は大きく以下の5つに分けることができます。

#1 突然変異

突然変異とはDNAの塩基が置き換わったり、無くなったり増えたりすることで遺伝子内の情報に変化が生じることです。DNAを複製する酵素のミスで塩基が変わったり、紫外線などの外的要因でも起こりえます。

突然変異は生物の進化で欠かせない要素です。突然変異があって初めて個体間の違いができ、それが自然選択など後述する要因に影響を及ぼす。進化のすべては突然変異から始まるのです。

#2 遺伝的浮動

遺伝的浮動

image by Study-Z編集部

遺伝的浮動はランダムな要因によって集団内の遺伝子の頻度(割合)が変わることです。

例えばこの図を見てみましょう。最初の頃は赤い個体が過半数を占めているこの生物集団ですが、ある日突然土砂崩れが起き赤い個体がほとんど巻き込まれて死んでしまったとします。その何世代か後集団内の割合を見てみると今度は白い個体が多くを占めている。これが遺伝的浮動の一例です。

\次のページで「自然選択」を解説!/

#3 自然選択

Darwin's finches.jpeg
John Gould (14.Sep.1804 - 3.Feb.1881) - From "Voyage of the Beagle" as found on [1] and [2], パブリック・ドメイン, リンクによる

自然選択は個体の形質の優劣によって生存率に差ができ、それによって遺伝子の頻度(割合)が変わっていくこと。

自然選択の影響が顕著にみられる例として、ガラパゴス諸島のフィンチの嘴にみられる多様性がありますね。この嘴の形の違いはそれぞれの生息地で見つかりやすい食料の違いによるものです。木の実が多い場所では硬い殻を割れるように発達した短くて太いくちばしが、小さな虫が多い別の場所ではその虫が生息する狭い隙間に入れるような細くて長いくちばしがそれぞれ有利になるため、別々の進化をしたと考えられています。

#4 非任意交配

非任意交配はその名の通り、ランダムではない交配のことを指します。

ほとんどの動物はメスが多数のオスから交配相手を選ぶ習性をもっているので、選ばれる特徴を持つオスは子孫を残せる一方で残りは子孫を残せず途絶えてゆき、特定の形質だけが次の世代に継承されてゆくため遺伝子頻度が変わるのです。

#5 遺伝子流動

Gene flow final.png
By Jessica Krueger - Own work, CC BY-SA 3.0, Link

最後に遺伝子流動とは、外から新しい遺伝子をもらってくることです。別の生物集団と遺伝子を交換し合うことで遺伝子の割合に変化が起こるということですね。

チャールズ・ダーウィン提唱、進化論の元祖 自然選択説

Hw-darwin.jpg
From: H.F. Helmolt (ed.): History of the World. New York, 1901. Copied from University of Texas Portrait Gallery., パブリック・ドメイン, リンクによる

進化という定義を始めて科学的に明確にし、現在も広く支持されているのがダーウィン発の「自然選択説」です。ダーウィンは進化において一番影響が大きい要因は「自然選択」だと考えました。

自然選択説では「突然変異で様々な形質を持つ個体が生まれる。形質は個体の生存率に影響するため、自然選択で生存率が低い個体は淘汰されていく」と主張しています。

ただ、その時代ではまだ「なぜ突然変異が様々な形質を生み出すのか」がまだよくわかっていませんでした。DNAなどの遺伝物質の存在が明らかになっていなかったからです。

分子生物学の発達、中立進化説の幕開け

ダーウィンの時代から時は流れ、1960年代辺りに入ると分子生物学に大きな飛躍が生まれます。今まで漠然としかわかっていなかった遺伝の仕組みやそれをつかさどるDNA,RNAといった分子の発見により、突然変異とはDNA内に起こる変化だと分かりました。また、DNAに変化が起きても生物の生存率に影響を及ぼさない場合が多くあることも明らかになっていきます。そうして生まれたのが「中立進化説」なのです。

\次のページで「中立進化説の提唱者、木村資生」を解説!/

中立進化説の提唱者、木村資生

中立進化説を提唱したのは国立遺伝学研究所の木村資生(きむら もとお)博士です。1968年に世界的な科学ジャーナル「Nature」で「分子進化の中立説」を発表し、賛否両論を巻き起こしました。

中立進化説の主張

ほとんどの分子レベルの突然変異は生存率に影響がない中立的な変異であり、その変異が集団内で増えたり減ったりするかどうかはもっぱら遺伝的浮動で決まる」というのが中立進化説の主張です。

つまり環境に対して中立的な変異の場合、ランダム要素によってたまたま運が良いものが生き残るだけだとこの学説は主張しています。

この説は自然選択説では説明できない部分の穴埋めをする非常に重要な考え方なのですが、やはり自然選択説が主流だった時代でこの論文には反対意見も多く、かなりの批判を浴びることになってしまった面もありました。

中立進化説と自然選択説の違いは?結局どっちが正しいの?

結論から言いますと、どちらも現在では広く認められています。この二つの説はどちらか一方だけが正しいというわけではなく、互いに補完関係にあるのです。

適応能力に大きく差を生む形質は自然選択説のほうが的確に説明できる場合が多いですが、中性的な変化にはあまり使えません。そこで中立進化説を以って説明する、という具合で総合的な進化論をより完全なものにしています。現在は適材適所といった感じで2つの説を使い分けているといったところでしょう。

中立進化説は生物の変化を読み解く重大なカギ

ある生物がどんな進化の軌跡を辿ってきたかを知りたい場合、現在はDNAの配列に隠された変異の痕跡から系統樹を作成する手法が主流です。DNAレベルの変異は中立的な変異であることも多い。そのため「なぜこの生物はこんな風に進化したのか」という説明に中立進化説が使われることも多々あります。今や中立進化説は進化論で重要な考えの仲間入りを果たしました。

進化生物学はその複雑さからとっつきにくさを感じる学問かもしれませんが、それと同時に非常に興味深くもあります。中立進化説以外にも「共生」や「利己的な遺伝子」といった難解ですが面白い仮説がありますので、興味がありましたら是非調べてみてください。

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理科生物生物の分類・進化細胞・生殖・遺伝

中立進化説って何?提唱者、自然選択説との違いについて生物学オリンピックメダリストがわかりやすく解説

今回は「中立進化説」について見ていきます。

進化説といえばダーウィンの提唱した「自然選択説」、つまり環境に最も適応したものが生き残るという説が有名です。ですが後に分子生物学が発達するにつれ、自然選択は進化の小さな要因に過ぎないのではないかという考えが生まれ、そこで新しく登場したのが「中立進化説」です。この記事では進化の定義や仕組みを説明したうえで、二つの説の違いについて学習していきます。

国際生物学オリンピックメダリストで、現在は医学生として勉強しているNoctilucaが解説してくれるぞ。

ライター/Noctiluca

高校時代に生物学の面白さに気づき、のちに国際生物学オリンピックで金メダルを受賞。現在は自分の「好き」を突き詰めるため、医学生として勉強中。

中立進化説の前に…そもそも進化って何?

image by iStockphoto

進化と聞いて多くの人がパッと思い浮かべるのがあの「サルから人間へ変化する」イメージではないでしょうか。ですが、進化の本質的にそれはあまり正しいイメージではありません。

生物集団内の遺伝子に変化があればそれは進化

進化は「世代を経て生物の形質が変化していく」ことと定義されています。形質といっても必ずしも目に見えるものである必要はなく、たとえDNAの端っこがちょっと変わっただけでも生物学的には進化として捉えるのです。

従って進化はあのサルが人に変わるような直線的なイメージではなく、もっと目立たない地味な変化が生物集団内で蓄積されていく過程のことを指します。

進化が起こるための5つの要因

さて、進化とは集団内の遺伝子の変化だと説明したうえで、その変化を起こす要因には何があるのでしょうか?

進化を起こす要因は大きく以下の5つに分けることができます。

#1 突然変異

突然変異とはDNAの塩基が置き換わったり、無くなったり増えたりすることで遺伝子内の情報に変化が生じることです。DNAを複製する酵素のミスで塩基が変わったり、紫外線などの外的要因でも起こりえます。

突然変異は生物の進化で欠かせない要素です。突然変異があって初めて個体間の違いができ、それが自然選択など後述する要因に影響を及ぼす。進化のすべては突然変異から始まるのです。

#2 遺伝的浮動

遺伝的浮動

image by Study-Z編集部

遺伝的浮動はランダムな要因によって集団内の遺伝子の頻度(割合)が変わることです。

例えばこの図を見てみましょう。最初の頃は赤い個体が過半数を占めているこの生物集団ですが、ある日突然土砂崩れが起き赤い個体がほとんど巻き込まれて死んでしまったとします。その何世代か後集団内の割合を見てみると今度は白い個体が多くを占めている。これが遺伝的浮動の一例です。

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