今回は「岡崎フラグメント」について解説していきます。岡崎令治博士と妻の岡崎恒子博士が発見した岡崎フラグメントは聞いたことはあるでしょうか。これはDNA複製のメカニズム解明の鍵となった、まさにノーベル賞級の大発見だったんです。DNA複製に岡崎フラグメントがなぜ必要なのか、DNA複製のメカニズム解明で困難だったことなどを説明していきたいと思う。
この記事では生物学に詳しい、理系院卒ライターtomato1121と解説していきます。

ライター/tomato1121

大学と大学院で学んだことを元に、生物の楽しさを伝えたいと思いライターになる。生物学の知識を分かりやすく伝え、多くの人に興味を持ってもらえるように日々奮闘中。

DNA複製過程で作られる岡崎フラグメントとは

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岡崎令治博士が岡崎恒子博士とともに研究し、発見したのが岡崎フラグメントというもの。DNAの複製過程で短いDNAの断片が多数つくられることを初めて明らかにしました。当初はDNAを精製する過程で断片化してしまっただけでは?と、他の研究者たちも半信半疑だったのです。

それではこの岡崎フラグメントがどのようなものか、なぜ必要なのかを解説していきましょう。

DNAの構造や方向性について

DNAの構造や方向性について

image by Study-Z編集部

まずDNAの構成単位についておさらいしていきましょう。<図1>を見てください。DNAはリン酸と糖と塩基が結合したヌクレオチドが構成単位となっています。糖は炭素原子5個をもつ五炭糖。炭素原子に1’~5’まで番号がついており、1’に塩基、5’にリン酸が結合している構造となっています。そして3’の部分には別のヌクレオチドのリン酸が結合することとなり、このようにして次々とヌクレオチドが重合してDNA鎖が伸長していくのです。

したがって、ヌクレオチドはリン酸を介して5’から3’へと決まった方向に結合していくこととなります。このとき、5’側を5’末端、3’側を3’末端と呼ぶことを覚えておきましょう。

DNA複製の開始

細胞が分裂する前に必要なのが、S期(DNA複製期)に行われるDNAの複製。娘細胞に全く同じ遺伝情報を受け継がせることは、生物が生体内の秩序を保つためには必要不可欠です。

全く同じDNA鎖を合成するため、DNAの二本鎖をほどいてそれぞれが鋳型となり、新しい鎖が複製されるシステムが備わっています。これを半保存的複製といいますね。

部分的にDNA鎖がほどかれ、複製が開始される場所を複製起点と呼んでいます。ここに結合するのがDNAポリメラーゼ。このDNAポリメラーゼは3’末端に新たなヌクレオチドを重合させる働きをもつ酵素です。

複製起点からは両側に複製が進む

複製起点からは両側に複製が進む

image by Study-Z編集部

複製起点でDNA鎖がほどかれると、そこを起点として左右両方向に複製が進むことが分かっていました。ここで、<図2>を見てください。鋳型となっている二本鎖DNAは起点から両方向に進もうとすると、一方は5’末端→3’末端に、もう一方は3’末端→5’末端と逆向きになることが分かりますでしょうか。

DNAポリメラーゼは、5’末端→3’末端にしかヌクレオチドを重合できません。3’末端→5’末端へとDNAを合成する酵素があるかもしれない、と考えた研究者もいたようです。しかしそのような酵素は見つからず、逆向きにDNA鎖を合成するしくみは謎に包まれていました。

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岡崎フラグメントの発見

岡崎フラグメントの発見

image by Study-Z編集部

そこで3’→5方向にDNA鎖が伸長するしくみを解明すべく研究していたのが、岡崎令治博士と妻の岡崎恒子博士。

<図3>を見てください。岡崎令治博士と妻の岡崎恒子博士は3’→5方向に合成される鎖では、5’→3’に短いDNA鎖が不連続に合成されるという仮説を立てました。さらに、それが後々つなぎ合わされることで、あたかも3’→5方向にDNA鎖が複製されるように見えることが分かったのです。

この5’→3’に合成される短いDNA鎖は「岡崎フラグメント」と名付けられました。

岡崎フラグメントの研究過程での困難

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当時としては大発見であったこの岡崎フラグメント。解明された事実だけをみると、華々しい研究生活を送っておられたことを想像してしまうかもしれません

しかし、「岡崎フラグメントがDNAの複製に関与している」という発表に関して、反論や批評を受けることも多かったといいます。さらにこのDNA複製のメカニズム解明への道は、困難の連続だったのです。

岡崎令治博士の死

実は、岡崎令治博士は研究の道半ばで亡くなっています。岡崎フラグメントがDNA複製で大きな役割を担っているという研究結果を発表し、さらに続く研究をしている途中のことだったのです。

死因は白血病。亡くなったときの年齢は44歳という若さでした。岡崎令治博士は広島出身です。白血病になったのは、中学生のときに原子爆弾で被爆したことが原因だと言われています。戦争は偉大な研究者の命をも奪ったのでした。残された岡崎恒子博士は当時のことをこのように話しています。

夫の死は、同時に共同研究者を失い、研究室のボスを失うことでしたし、子供にとっては父親を失うことでしたから、ここで普通は何かを諦めなければならない状況であり、周囲は、研究をやめて父なき家庭での母親の役割に徹するように勧めました。

引用:JT生命誌研究館「岡崎フラグメントと私」https://brh.co.jp/s_library/interview/32/

当時の日本では女性が働くことに関して、否定的な人も多かったかもしれません。世間からの目は厳しいものだったでしょう。しかし当時小学6年生だったお子さんからの働きかけや、アメリカ留学時代の恩師の励ましもあり、岡崎令治博士がやり残した研究を続けることを決意されたのでした。

プライマーであるRNAを抽出することの難しさ

DNAポリメラーゼは、元々あるDNA鎖にヌクレオチドを重合させる酵素。つまり何もない所から、いきなりDNA鎖を合成し始めることはできません。岡崎フラグメントを合成するためには、その取っ掛かりとなるような短い断片(プライマーといいます)が必要となります。それがRNAではないか、という仮説が立てられたのでした。

しかしRNAは分解されやすく、技術的にも10塩基程の短いRNA断片を抽出することはとても難しいこと。しかも細胞の中にRNAは多く存在します。その中から岡崎フラグメントのプライマーとなるRNAを見つけるのは、かなりの時間と労力が必要だったはずです。

岡崎恒子博士と研究チームは最後まであきらめずに、ついにはプライマーRNAを同定するところまでたどり着きました。こうしてDNA複製に岡崎フラグメントが関与していること、複製の一連の流れが立証され、世間に広く認められることになったのです。

\次のページで「大発見の裏には、研究者の地道な実験の積み重ねがある!」を解説!/

大発見の裏には、研究者の地道な実験の積み重ねがある!

今回は「岡崎令治博士と岡崎恒子博士の発見した岡崎フラグメント」について解説いたしました。DNA複製はこのような複数の段階を経て行われています。その1つ1つの現象は、研究者の地道な実験の積み重ねによって実証されたものなのです。

何かを成し遂げるために必要なことは「信念をもってやり続けること」かもしれません。継続は力なり、ということでしょうか。研究者を目指す人はもちろんですが、それ以外の人にも共通することかもしれませんね。

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理科生物

岡崎令治博士と岡崎恒子博士が発見した岡崎フラグメント、DNA複製のしくみについて!理系院卒ライターが簡単にわかりやすく解説!

今回は「岡崎フラグメント」について解説していきます。岡崎令治博士と妻の岡崎恒子博士が発見した岡崎フラグメントは聞いたことはあるでしょうか。これはDNA複製のメカニズム解明の鍵となった、まさにノーベル賞級の大発見だったんです。DNA複製に岡崎フラグメントがなぜ必要なのか、DNA複製のメカニズム解明で困難だったことなどを説明していきたいと思う。
この記事では生物学に詳しい、理系院卒ライターtomato1121と解説していきます。

ライター/tomato1121

大学と大学院で学んだことを元に、生物の楽しさを伝えたいと思いライターになる。生物学の知識を分かりやすく伝え、多くの人に興味を持ってもらえるように日々奮闘中。

DNA複製過程で作られる岡崎フラグメントとは

image by iStockphoto

岡崎令治博士が岡崎恒子博士とともに研究し、発見したのが岡崎フラグメントというもの。DNAの複製過程で短いDNAの断片が多数つくられることを初めて明らかにしました。当初はDNAを精製する過程で断片化してしまっただけでは?と、他の研究者たちも半信半疑だったのです。

それではこの岡崎フラグメントがどのようなものか、なぜ必要なのかを解説していきましょう。

DNAの構造や方向性について

DNAの構造や方向性について

image by Study-Z編集部

まずDNAの構成単位についておさらいしていきましょう。<図1>を見てください。DNAはリン酸と糖と塩基が結合したヌクレオチドが構成単位となっています。糖は炭素原子5個をもつ五炭糖。炭素原子に1’~5’まで番号がついており、1’に塩基、5’にリン酸が結合している構造となっています。そして3’の部分には別のヌクレオチドのリン酸が結合することとなり、このようにして次々とヌクレオチドが重合してDNA鎖が伸長していくのです。

したがって、ヌクレオチドはリン酸を介して5’から3’へと決まった方向に結合していくこととなります。このとき、5’側を5’末端、3’側を3’末端と呼ぶことを覚えておきましょう。

DNA複製の開始

細胞が分裂する前に必要なのが、S期(DNA複製期)に行われるDNAの複製。娘細胞に全く同じ遺伝情報を受け継がせることは、生物が生体内の秩序を保つためには必要不可欠です。

全く同じDNA鎖を合成するため、DNAの二本鎖をほどいてそれぞれが鋳型となり、新しい鎖が複製されるシステムが備わっています。これを半保存的複製といいますね。

部分的にDNA鎖がほどかれ、複製が開始される場所を複製起点と呼んでいます。ここに結合するのがDNAポリメラーゼ。このDNAポリメラーゼは3’末端に新たなヌクレオチドを重合させる働きをもつ酵素です。

複製起点からは両側に複製が進む

複製起点からは両側に複製が進む

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複製起点でDNA鎖がほどかれると、そこを起点として左右両方向に複製が進むことが分かっていました。ここで、<図2>を見てください。鋳型となっている二本鎖DNAは起点から両方向に進もうとすると、一方は5’末端→3’末端に、もう一方は3’末端→5’末端と逆向きになることが分かりますでしょうか。

DNAポリメラーゼは、5’末端→3’末端にしかヌクレオチドを重合できません。3’末端→5’末端へとDNAを合成する酵素があるかもしれない、と考えた研究者もいたようです。しかしそのような酵素は見つからず、逆向きにDNA鎖を合成するしくみは謎に包まれていました。

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