ノーベル化学賞を2000年に受賞した白川英樹氏を知ってるか?彼が発見した「電気を通すプラスチック」は今の生活に既に欠かせなのですが、なぜプラスチックなのに電気を通せるのか説明できる人は少ないかもしれませんね。
今回は白川英樹氏の業績について紹介すると共に、なぜそれが偉大な発明なのか説明していきます。途中大学レベルの化学が登場しますが、なるべく分かりやすく解説するから安心してくれ。化学に詳しいライターの小春と一緒に解説していきます。

ライター/小春(KOHARU)

大阪大学・大学院で化学を専攻。卒業後はメーカーで開発を担当したため最先端の有機デバイスやセンサー開発について詳しい。結婚を機に退職した今は、子供達に身の回りの自然科学や家電の仕組みをどのように教えるか、日々考えている。

白川英樹氏について解説

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まずは、白川英樹氏の経歴についてご紹介します。2000年にノーベル化学賞受賞するまで、どのような経歴を歩まれたのでしょうか?

1分で分かる白川英樹氏の経歴

昭和11年東京生まれた白川英樹氏は小学3年から高校卒業までの10年間を飛騨高山で過ごしました。中学の卒業文集で「将来はプラスチックの改良をやりたい」と書いたことが、何分の1かの自分の出発点になっていると後にインタビューで語っています。この頃は他にもエレクトロニクスや昆虫採集、植物にも興味を持っていたそうですが、入学した東京工業大学で高分子化学の勉強をしているうちに合成の研究にのめり込んでいったそうです。


昭和36年東京工業大学理工学部化学工学科を卒業。昭和41年には同大学院理工学研究科博士課程を修了しています。東京工業大学資源化学研究所助手、米国ペンシルベニア大学研究員、筑波大学教授、同大学第三学群長などを務め、平成12年3月に退官されました。
退官された年の10月、「導電性ポリマーの発見と開発」によりノーベル化学賞を受賞し、日本中で大注目されました。

白川英樹氏の主な著書紹介

白川英樹氏の主な著書は以下の通りです。

化学に魅せられて(岩波新書)
私の歩んだ道(朝日選書)
自然に学ぶ(法藏館)
「ロウソクの科学」が教えてくれること(SBクリエイティブ)
実験でわかる 電気をとおすプラスチックのひみつ(コロナ社)

電気を通すプラスチックの発見と開発

白川英樹氏がノーベル賞を受賞したのは導電性ポリマーの発見と開発によるものですが、なぜこの発見がそれほど画期的かつ重要なのか分かりますか?

\次のページで「通常プラスチックは電気を通さない」を解説!/

通常プラスチックは電気を通さない

通常プラスチックは電気を通さない

image by Study-Z編集部

一般に、プラスチックは電気を通さない性質(絶縁性)をもっていると言われます。ゴム、プラスチック、ガラスは絶縁性の材料だと思っている方も多いのではないでしょうか。

そもそもプラスチックというのは総称だというのは知ってますか?電線を覆っているのは塩化ビニル樹脂ですし、飲料ボトルや包装材に使われているのはポリエチレンです。他にも様々な種類がありますが、たいていのものは軽くて加工しやすく安価なのが特徴で、これらをまとめてプラスチックと呼んでいます。そして先ほどもお伝えした通り、そのほとんどが絶縁性です。

白川氏が研究をしていた時代はプラスチックは100%すべて電気を通さないのが常識でした。そのなかで常識を疑い、発見した新しいプラスチックに電気が通るかも?と試したことがまず、革命的だったのです。

白川氏の発見1 :ポリアセチレンの薄膜化

白川氏の第一の発見はポリアセチレンの薄膜化です。チーグラー・ナッタ触媒によってアセチレンガスからポリアセチレンを合成できるようになりました。しかしポリアセチレンは黒色の粉末で、熱を加えても軟化せず溶媒にも溶けなかったため、性質を測定することはおろか加工することも難しかったのです。プラスチックとしての利点に乏しい高分子だと考えられていました。

白川氏に訪れたきっかけは、学生が「mmol」と「mol」を読み間違える勘違いをし1000倍も濃い触媒を使ってしまったことでした。触媒が濃いために反応速度が速くなり、溶液の表面で重合反応が起こり、結果偶然にも被膜のように固まってしまったのです。この失敗をきっかけに白川氏はフィルム状のポリアセチレンをつくることに成功しました。

白川氏の発見2:ポリアセチレンの導電性の発見

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できたポリアセチレン薄膜は、金属光沢をもっていました。アルミのような光沢だったと言われています。粉末状のポリアセチレンは有機高分子半導体であるという研究結果を知っていた白川氏は、ポリアセチレン薄膜に電気が流れるのではないか?とひらめき、実験を続けました。

残念ながらポリアセチレン薄膜自体は粉末と同じく半導体〜絶縁体程度でしかなかったのですが、招かれたペンシルバニア大学における共同研究で「求電子性のあるハロゲンを微量添加することで金属にも匹敵するほどの電気伝導度をもつ」ことを発見したのです。

セレンディピティー (serendipity)

白川氏の発見にはいくつかの偶然に支えられていますが、白川氏の経験と知識とひらめきがなければその偶然を成功に導けなかったでしょう。セレンディピティーとは、求めてはいなかったものを偶然や賢明さによって見つけ出す能力から作られた言葉です。白川氏がご自身の発見についてお話しするとき、セレンディピティーという表現をよく使われています。

白川英樹氏の著書より、名言の一部を紹介

先ほどご紹介したセレンディピティー以外にも白川氏は印象的な表現をいくつも残しています。白川氏の著書「私の歩んだ道〜自然に学ぶ〜」よりいくつかご紹介しましょう。

「常識や当たり前だと思っていること、決まりきっていると思っていることを改めて疑ってみることが大切」
「何事も積極的に実行すること(略)知性を増やすことも大切ですが、できるだけ多くのことを学ぶ、たくさんの経験をする、何事にも興味を抱くーそういうことに関してできるだけの努力を常日頃から怠らない(以下略)」

私の歩んだ道〜自然に学ぶ〜 より引用

\次のページで「導電性ポリアセチレンとは?ズバリわかりやすく解説」を解説!/

導電性ポリアセチレンとは?ズバリわかりやすく解説

これまでポリアセチレンに電気が流れる仕組みについての説明をしてきませんでした。大学で学ぶ化学の内容も少し出てきますが、化学・物理が好きな人に向けて解説しますね。

ポリエチレンではなくアセチレンであるべき理由

ポリエチレンでは電気を通さず、ポリアセチレンでは通る理由は想像できますか?この二つの高分子の違い、それは「二重結合」です。

高校の化学でも、単結合と二重結合では長さが違うことは習ったと思います。二重結合は単純に単結合が2本ではありません。単結合はσ結合が1本なのに対し、二重結合は単結合と同じ結合(σ結合。σ=シグマと読む)が1本と、単結合とは異なる結合(π結合。π=パイと読む)が1本なのです。ポリアセチレンの導電性を語る上でこのπ結合の存在は欠かせません。

σ結合とπ結合

σ結合とπ結合

image by Study-Z編集部

結合とは隣同士の原子で電子を持ち合っているというイメージはお持ちでしょうか?σ結合とπ結合の違いを簡潔に表現すると、「どのように電子を持ち合っているか」。よく化学結合を「手を繋ぐ」と表現しますが、この表現でいくとσ結合では2つの電子を握手する手の中に収めているようなもので、π結合ではボレーのように常に電子を受け渡し合っているようなものです。前者は強固な結合で、後者は緩い結合というのが想像できるでしょうか。

結合が強ければそこから電子を奪うことは難しいですが、緩ければ結合の外から電子を奪うことができます。先ほどの球技の例えで言うと、パスし合っているボールを横取りするイメージですね。このイメージは大学レベルで化学反応を理解するのにとても役立ちますので、化学系に進みたい人は頭の片隅に置いておくと良いかもしれません。(受験に役立つかはまた別の話です)

画期的な「化学ドープ」とは?

画期的な「化学ドープ」とは?

image by Study-Z編集部

さて、白川氏の功績で「ポリアセチレンに求電子性のあるハロゲンを微量添加することで金属にも匹敵するほどの電気伝導度を持つことを発見した」と紹介したのを覚えていますか?

求電子性とは、電子を奪う性質のことです。ハロゲンは電子が1つあればオクテットを満たせるため積極的に他所から電子を奪いたがります。アセチレンにハロゲンを加えると、π電子としてはアセチレンのπ結合のところにいるよりもハロゲンに引き抜かれた方が安定なので、電子の引き抜きが起こるのです。電子を失ったアセチレンには正孔(ホール)ができるので、その穴を埋めるために分子内でπ電子が次々移動します。これによって電気が流れるのです。緩やかな結合でしか繋がれていないπ電子が分子内にいるからこそ起こったのが分かりますね。

この仕組みはp型半導体と同じですが、ハロゲンを添加したアセチレンの場合、電子の移動速度が半導体レベルを超えて金属並みだと分かったのです。このハロゲンを添加した操作を一般に化学ドープと呼んでいます。

\次のページで「導電性高分子が注目される理由」を解説!/

導電性高分子が注目される理由

最後に、導電性高分子がどのように応用されているのかご紹介していきます。

理由1:高分子(プラスチック)の有用性

高分子材料(プラスチック)には大きな3つの特性があります。これらの特性から、高分子材料は、小型化・軽量化する上で欠かせない材料であることが分かるでしょうか?

身近な家電やスマート端末は、どんどん不必要な部分は小さくなっていき軽量化も進んでいますよね。こういった発展の中でも高分子材料の活躍は欠かせません。

加工しやすい
理由:原料・半原料の段階で流動性を持っており、また金属やガラスに比べて低い温度で溶けたり任意の溶剤に溶かすことができます。目的に沿った機能を持たせるような自由な材料設計がしやすいと言えます。

軽い
理由:水よりも比重が小さい材料があるほどです。金属の中で比重が小さいアルミニウムでも2.7、ガラスで2.5ですから、ほとんどの比重が1から2に収まる高分子材料はかなり軽いと言えるでしょう。

安い
理由:成形加工後の使われる状態で他材料と比較すると、低価格です。ただし、安すぎるがゆえに使い捨てされがちであり、マイクロプラスチック問題など環境へ悪影響を与えています。

理由2:導電性高分子が使われている製品紹介

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電気を通したいから金属を使っているけど、重さ・値段・加工のしにくさがネック。そういったものが高分子材料に置き換わったらどうでしょう?軽くて安くて実用的な見た目のものに変わっていくのではないでしょうか?想像するだけでワクワクしますね。

既に実用化されている導電性高分子材料の用途と、これから使われること必須の技術についてその一部をご紹介します!これらは白川氏が発見したポリアセチレンからさらに研究が進んで開発された「ポリピロール」「ポリアニリン」「PEDOT」などです。最近では光る高分子も発明されました。

まだまだ研究が行われている導電性高分子。今から勉強を始めても開発チームのメンバー入りに間に合うかもしれませんよ。

・リチウム電池(市販段階)
・コピー機の除電装置(市販段階)
・帯電防止フィルム(市販段階)
・有機ELディスプレイ(市販段階)
・フレキシブル電子ペーパー(研究開発段階)
・未来のスマートデバイス(研究開発段階)

導電性高分子はもう珍しくない!白川英樹氏の功績は大きい

白川英樹氏の発見と発明内容と、なぜそれが画期的かについてご説明してきました。自由度の高い高分子材料に導電性をもたせることで、次世代のデバイスが次々生まれていますが、その全てのきっかけが白川氏の発見した導電性ポリアセチレンということです。

白川氏の発見はその内容もさることながら、「学生の失敗をきっかけに生まれた」ことも驚きですね。失敗や偶然を見逃さずに発見に繋げていくための力を身に付けていきたいです。
高分子化学にはまだまだ他にも最先端の研究がありますので、この記事を興味深いと感じた方は調べてみてはいかがでしょうか。

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化学理科

白川英樹氏がノーベル賞を受賞した理由とは?電気を通すプラスチックの発明を阪大院卒ライターがわかりやすく解説!


ノーベル化学賞を2000年に受賞した白川英樹氏を知ってるか?彼が発見した「電気を通すプラスチック」は今の生活に既に欠かせなのですが、なぜプラスチックなのに電気を通せるのか説明できる人は少ないかもしれませんね。
今回は白川英樹氏の業績について紹介すると共に、なぜそれが偉大な発明なのか説明していきます。途中大学レベルの化学が登場しますが、なるべく分かりやすく解説するから安心してくれ。化学に詳しいライターの小春と一緒に解説していきます。

ライター/小春(KOHARU)

大阪大学・大学院で化学を専攻。卒業後はメーカーで開発を担当したため最先端の有機デバイスやセンサー開発について詳しい。結婚を機に退職した今は、子供達に身の回りの自然科学や家電の仕組みをどのように教えるか、日々考えている。

白川英樹氏について解説

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まずは、白川英樹氏の経歴についてご紹介します。2000年にノーベル化学賞受賞するまで、どのような経歴を歩まれたのでしょうか?

1分で分かる白川英樹氏の経歴

昭和11年東京生まれた白川英樹氏は小学3年から高校卒業までの10年間を飛騨高山で過ごしました。中学の卒業文集で「将来はプラスチックの改良をやりたい」と書いたことが、何分の1かの自分の出発点になっていると後にインタビューで語っています。この頃は他にもエレクトロニクスや昆虫採集、植物にも興味を持っていたそうですが、入学した東京工業大学で高分子化学の勉強をしているうちに合成の研究にのめり込んでいったそうです。


昭和36年東京工業大学理工学部化学工学科を卒業。昭和41年には同大学院理工学研究科博士課程を修了しています。東京工業大学資源化学研究所助手、米国ペンシルベニア大学研究員、筑波大学教授、同大学第三学群長などを務め、平成12年3月に退官されました。
退官された年の10月、「導電性ポリマーの発見と開発」によりノーベル化学賞を受賞し、日本中で大注目されました。

白川英樹氏の主な著書紹介

白川英樹氏の主な著書は以下の通りです。

化学に魅せられて(岩波新書)
私の歩んだ道(朝日選書)
自然に学ぶ(法藏館)
「ロウソクの科学」が教えてくれること(SBクリエイティブ)
実験でわかる 電気をとおすプラスチックのひみつ(コロナ社)

電気を通すプラスチックの発見と開発

白川英樹氏がノーベル賞を受賞したのは導電性ポリマーの発見と開発によるものですが、なぜこの発見がそれほど画期的かつ重要なのか分かりますか?

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