文化・歴史雑学

蒙古襲来と元寇の違いって?日本が勝てた理由や両国のその後の動向について、歴史大好きライターがわかりやすく解説!

その後の日本と元の動向は?

蒙古襲来後の日本と元はどうなっていったのでしょうか。結論は、どちらも衰退していったと言えます。

また、何故3度目の遠征がなかったのでしょうか。見ていきましょう。

蒙古襲来後に御家人は幕府に不満を募らせた

国内の戦において、御家人(武士)たちは戦に勝てば恩賞(主に領地)が貰えます。しかし、蒙古襲来の時はどうでしょうか。海外からの防衛戦であるため、恩賞はほとんど貰えませんね。恩賞が得られなかった御家人たちは、次第に生活が苦しくなっていき、鎌倉幕府への不満が高まっていきました。

幕府も「徳政令」などの条例を出し、救済を試みるものの彼らを満足させることは出来ず、やがて倒幕の動きになっていくのです。

蒙古襲来後に「元」は衰退していった

蒙古襲来の後の元はというと、相次ぐ内紛による有力者同士による争いが続き、王統が断絶。世界的なペスト(黒死病)の流行や、紅巾の乱(中国はこの戦で勝利。以後「明」が建てられます)などの反乱もあり、衰退していきました。

フビライ・ハンは日本への3度目の遠征を計画していたが、上記の理由により実現せず。

余談ですが、世界各国で中世に蔓延したペストが日本では流行しなかった理由として、「元寇の阻止」が考えられています。

蒙古襲来は日本史における重要な転機

蒙古襲来(元寇)は一歩間違えば元に侵略されていたわけですから、日本史における重要な転機だっと言えますね。集団戦法の強化や、武力による鎌倉幕府の終焉を経て本格的な武士の時代が到来するわけですが、蒙古襲来はその要因を作った一大イベントだったともいえるでしょう。鎌倉時代の日本を救った「神風」は時代を経て信仰(根拠のない楽観主義)となり、第二次世界大戦のころには神風特攻隊の悲劇を生んでしまったとも忘れてはなりませんね。

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