現代社会

3分で簡単「成金」なぜ第一次世界大戦で成金が生まれた?大正時代の工業発展や社会構造の変化などを歴史好きライターがわかりやすく解説

多くの成金が出現した後の日本

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第一次世界大戦を境に多くの成金を生んだ日本。その後、時代は大正から昭和へと変わりますが、成金や社会の移り変わりはどのようになったのでしょうか。

昭和前期の金融不安

第一次世界大戦の特需で日本は好景気となりましたが、終戦後は一転、不況に陥ります。さらに、1923(大正12)年には関東大震災が発生し、その処理に追われました。巨額の震災手形は不良債権化し、取り付け騒ぎが頻繁。1927(昭和2)年に起きた昭和金融恐慌多くの成金が没落し、中小の銀行が休業に追い込まれ、代わって大銀行に預金が集中します。

追い打ちをかけるように、1929(昭和4)年にはアメリカのウォール街で株価が暴落。日本も世界恐慌のあおりを受けることとなります。株価と物価が同時に下落し、中小企業の倒産が相次ぎました。この昭和恐慌と呼ばれる金融不安は、日本を深刻なデフレに追い込むものでした。

敗戦後の朝鮮戦争特需から高度経済成長へ

昭和恐慌を脱出した日本は、その後軍国主義へと向かいます。第二次世界大戦に参戦し、国家総動員法の制定により、戦時中は国内のあらゆるものが戦争のために取り上げられました。しかし、日本は太平洋戦争で敗戦GHQの統制の下、日本は戦後復興と民主化を目指すことになります。

四大財閥の解体農地改革など、戦後になり日本の産業構造は改められました。女性に参政権が与えられ、労働三法が定められるなど、民主国家としての礎が築かれます。そして、1950(昭和25)年からの朝鮮特需により日本は好景気に。神武景気いざなぎ景気など、その後は好景気が続き、日本は高度経済成長期を迎えました。

第一次世界大戦で生まれた成金の多くはすぐに没落した

第一次世界大戦の影響で、日本の経済は潤い、工業化が進みました。そんな中で、海運業を中心に莫大な富を手にした人々が、成金と呼ばれるようになったのです。しかし、その恩恵を受けたのは一部の人に限られ、そうでなかった人々との経済格差は広がっていきました。そして、多くの成金は、第一次世界大戦が終結して間もなく没落することとなります。

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