南北朝時代室町時代日本史

5分でわかる「後亀山天皇」南北朝時代は終わった?室町幕府との約束とは?歴史オタクがわかりやすく解説

よぉ、桜木健二だ。室町時代と同時にスタートした南北朝時代、南朝最後の天皇となったのが今回解説する「後亀山天皇」だ。そもそも南北朝時代はちょっとややこしい。なぜ後亀山天皇が南朝最後の天皇となったのか、その時代背景と一緒に歴史オタクのライターリリー・リリコと一緒に「後亀山天皇」についてわかりやすく解説していくぞ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

ID: ↑パーツ内本文:76文字
riri_ririco

ライター/リリー・リリコ

興味本意でとことん調べつくすおばちゃん。座右の銘は「何歳になっても知識欲は現役」。大学の卒業論文は義経をテーマに執筆。以前解説した室町時代。今回はそのなかでも南北朝時代の終わり、南朝最後の天皇となった「後亀山天皇」をピックアップし、もっと詳しくまとめた。

ID: ↑パーツ内本文:127文字

1.そもそも南北朝時代って?

image by PIXTA / 5736017

鎌倉幕府が倒れ、武士たちの支持を得た足利尊氏が京都に幕府を置いたことから室町時代をスタートさせます。しかし、実は鎌倉時代から室町時代へスムーズに移行したわけではありません。鎌倉幕府討伐の旗頭だったのは、後醍醐天皇。つまり、朝廷だったわけです。足利尊氏は後醍醐天皇側についた武将のひとりでした。

ID: ↑パーツ内本文:146文字

武士の時代は終わらない

鎌倉幕府との戦いが終わり、勝利した後醍醐天皇は、鎌倉幕府が敷いてきたの武家中心の政治から、平安時代のような貴族中心の社会を取り戻そうとして「健武の新政」を始めました。けれど、後醍醐天皇の思惑とは裏腹に、鎌倉時代をへた武士たちが黙っているほど力がなかったわけがありません。倒幕に参加して命がけで戦ったにもかかわらず、その報酬もないどころか、逆に土地を没収されたりと朝廷からあんまりな仕打ちを受けた武士たちが立ち上がります。そうして、そんな武士たちの代表となったのが足利尊氏でした。

足利尊氏は軍の最高司令官であり、また、政治においても最高幹部のひとりに任命されています。しかし、武士の代表となった足利尊氏は後醍醐天皇の命令を無視し、鎌倉で独自の活動をはじめました。そうして、足利尊氏が目をつけたのが、天皇を継ぐ資格を持つもうひとつの血統・持明院統だったのです。

ID: ↑パーツ内本文:380文字

天皇の位をめぐる争いから室町幕府設立のチャンスへ

後嵯峨天皇には二人の息子がいました。後嵯峨天皇は先に息子の後深草天皇(持明院統)に譲位していましたが、しばらくもしないうちに弟の亀山天皇(大覚寺統)へと無理矢理譲位させてしまうのです。これが引き金となり、以降、兄弟の子孫たちが天皇の位をめぐって熾烈な争いを始めたのでした。

まだ鎌倉幕府が健在であったころは、両家で交互に天皇を出すことを約束させて争いを止めていた(両統迭立)のですが、鎌倉幕府が滅んでしまえば、約束を保証したり、強要するものはいません。ちょうど天皇の位にあった後醍醐天皇は自分の子どもに譲位したいと考えていましたから、討幕は必ず果たさなければならなかったでしょう。鎌倉幕府が倒れ、約束の保証がなくなれば、次の天皇は後醍醐天皇の思うままです。足利尊氏が目をつけたのはそこでした。

幕府が健在であれば約束通り天皇になれた持明院統に、足利尊氏はある取引を持ち掛けます。もし、足利尊氏がこれからつくる幕府を認めてくれるなら、あなたを次の天皇にいたしましょう、と。幕府を開くためには、天皇から征夷大将軍に任命される必要があるため、足利尊氏にとって自分の味方になる天皇は必要不可欠だったのです。

後醍醐天皇によって次の天皇となれなかった持明院統はこの取引を受け、光明天皇が即位し、足利尊氏の室町幕府が始まったのでした。

ID: ↑パーツ内本文:564文字

分裂した朝廷

image by PIXTA / 67204807

足利尊氏が室町幕府を開始しましたが、だからと言って後醍醐天皇があっさり政治から手を引くわけはありませんよね。けれど、足利尊氏率いる武士たちに簡単に勝てるわけでもありません。そこで、後醍醐天皇は京都(都)を出て、奈良の吉野で政治を続けることにしたのです。

京都の足利尊氏と光明天皇、奈良の後醍醐天皇に朝廷は分裂し、それぞれを北朝、南朝として対立がはじまります。

そして、対立していたのは天皇たちばかりではありません。足利尊氏は武家の棟梁として鎌倉幕府を作りましたが、すべての武士が幕府に従ったわけではなかったのです。武士たちは互いの利益を優先し、そのときそのとき有利な勢力へところころ鞍替えして争い始めました。

そういうわけで、室町時代のはじまり、南北朝時代は天皇と武士とが一丸となれず、戦乱の続く世となったのでした。

ID: ↑パーツ内本文:361文字
no-img2″>
 <figcaption class=桜木建二

最初は打倒鎌倉幕府を掲げた同じチームだったが、後醍醐天皇が貴族中心の社会、武士は冷遇という政治を行ったために、対立が生まれてしまったんだ。武士の権利を取り戻すべく、武士の代表となったのが足利尊氏だな。足利尊氏はもうひとつの皇家の血筋だった光明天皇を即位させることを条件に室町幕府を成立した。まあ、しかし、これを後醍醐天皇が黙ってるわけがないよな。こうして南朝と北朝が対立する南北朝時代がはじまった。

ID: ↑パーツ内本文:199文字
次のページを読む
1 2 3
Share:
riri_ririco