化学の教科書には「炭酸水素ナトリウム」や「水酸化ナトリウム」という物質がよく出てくる。さらに「ナトリウム」という言葉は、日常生活でも医学や健康に関わる話題の時によく聞くよな。でもナトリウムがどんな物質なのかは、一般にはあまりよく知られていない。

今回はナトリウムとは何かを化学のスペシャリストで元米国科学教師のサイエンスライター、チロと一緒に解説していきます。
チロ

ライター/チロ

放射能調査員や電気工事士など様々な「科学」に関係する職を経験したのち、教員の道へ。理科教員10年を契機に米国へ留学、卒業後は現地の高校でも科学教師として勤務した。帰国後は「フシギ」を愛するフリーランスティーチャー/サイエンスライターとして活躍中。

ナトリウムはアルカリ金属

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こう聞くと意外に思う人がいるかもしれませんが、ナトリウムはリチウムやカリウムと同じ「アルカリ金属」という金属の一種です。上の写真のように金属光沢を持ち、電気をよく通します。しかし我々が日常生活でナトリウムをピカピカとした金属の状態で見ることはまずありません。それはいったいなぜなのでしょうか?

金属ナトリウムの性質とは?

金属ナトリウムの性質とは?

image by Study-Z編集部

ナトリウムにズームアップし、原子の状態を見てみたのが上のイラスト。原子は中心にある原子核の周りを電子が回っているという構造をしており、ナトリウムをはじめとするアルカリ金属は皆、一番外側の電子軌道にたった一つだけ電子を持ちます。このぽつんと離れて存在する「一つだけの電子」がアルカリ金属のユニークな性質を決定するのです。

反応性が高い

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この原子核から遠くにある一つだけの電子は、簡単に別の場所にいくことができます。言い換えると非常に化学反応しやすいということです。ナトリウムを普段金属の状態で見ることがないのは、この反応性が非常に高いという性質のせい。ナトリウムを空気中に置いておくと速やかに酸素と反応し「酸化ナトリウム」という化合物になってしまいます。また金属ナトリウムを水に入れると…激しく反応して爆発します!ナトリウムって危険な物質だったんですね…

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柔らかく、融点も低い

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金属は一番外側にある電子をたくさんの原子で共有した「金属結合」という方法でつながっています。しかしナトリウムにはシェアする電子がたった一つしかないので、そのつながりはとっても弱いのです。したがって金属ナトリウムは、金属といっても鉄や銅のように硬くはありません。バターナイフで簡単に切れてしまうほど柔らかいのです。結合が弱いことは、融けやすさにも影響を及ぼします。なんとナトリウムは金属なのに、水の沸点より低い98℃で融けて液体になるのです。

金属ナトリウムの使用例

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この融点の低さを利用し、液体にした金属ナトリウムは高速増殖炉というタイプの原子炉の冷却材として使われています。金属なので熱伝導性が高く、発生した中性子を減速させないので最適なのだそうです。

私たちの身の回りで使われている例は、上の写真にあるようなオレンジ色のナトリウムランプ。ランプ内に封入された金属ナトリウムの蒸気に電圧をかけると、黄〜オレンジ色の光を発します。暖色系の光は霧などによって錯乱されにくく、遠くまで照らすことができるので、トンネル内の照明や街灯として色々な場所で目にしますよね。

食塩=塩化ナトリウム

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金属ナトリウムは反応性が高く、自然界には存在しません。では一体どのような形で存在しているのでしょう? それは塩素と化合した「塩化ナトリウム=食塩」です。もっとも高濃度で存在しているのは海。実は海の塩辛さの元はこの塩化ナトリウムなのです。

元々海で誕生した動物にとって、塩分は欠かせないもの。我々人間も日常的に食品から摂取しています。ただ問題は摂りすると生活習慣病、いわゆる成人病の原因にもなってしまうということ。病気を予防し健康を維持するためには、塩化ナトリウムをどのように摂取すべきなのでしょうか?

ナトリウムは必須ミネラル

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食物から摂取した塩化ナトリウムは、体の中で何に使われるのでしょう? 塩化ナトリウムは水の中ではナトリウムイオンと塩化物イオンに乖離しています。このナトリウムイオンは、体を動かすために必要な筋肉や神経の正常な作動に深く関わっているのです。神経細胞は細胞膜にチャネルというイオンの通り道を持っており、ここから細胞の中にナトリウムイオンが入ることが神経を流れる電気信号を生み出すスイッチ。つまり、脳からの命令を筋肉に伝え体を動かすためには、神経をつたわる電気を生み出すナトリウムイオンが不可欠なのです。

汗などで大量の塩分を失うと、体内のナトリウムイオンが不足します。すると神経細胞による情報伝達がスムーズにいかなくなり足がつる、痙攣がおこる、めまいがするなどの不調が現れてしまうのです。運動選手がただの水ではなく、塩分を含んだスポーツドリンクを飲むのは、ナトリウムイオンを補給して体をスムーズに動かし続けるためだったのですね。

私たちが持っているナトリウム・センサー

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体に不可欠な塩分=塩化ナトリウムをしっかりと摂取するための「ナトリウム・センサー」が私たちの体には備わっています。それは味覚。五大味のうちの一つ「塩味」は、体を動かすエネルギー源である糖分を検出するためのセンサー「甘味」と並び人間が食べ物を「美味しい」と感じるための大きな要因になっています。ちなみに人間の舌が最も「美味しい」と感じる塩分濃度は0.9%。これは体液中の塩分濃度とほぼ同じ濃度です。

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日本人の1日の塩分摂取量は10g

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人間は野生動物とは異なるのは、海水や岩塩から塩を精製しいつでも「おいしい」と感じる分の塩分を摂取できるという点。その結果、生命維持に必要な塩分量である1日1.5gをはるかに上回る塩分を毎日摂取してしまっています。でも大丈夫。人体には余分な塩分を腎臓でこしとり、尿として排出する機能が備わっているのです。

しかし腎臓に過剰な負荷をかけるほどの塩分を毎日摂取すると… 腎臓が機能不全に陥り慢性腎臓病になったり高血圧を引き起こしたりします。健康的な生活を送るための1日あたりの塩分摂取量の目安は男性で7.5g未満、女性で6.5g未満ですが、厚生労働省が2018年に実施した調査によると日本人の1日あたりの塩分摂取量は男性で11.0g、女性で9.3g。目安量を大幅に超えてしまっています。

野菜や魚中心の栄養バランスに優れた料理として世界的に人気の和食ですが、こと塩分量に関して言えば日本の料理は決してヘルシーとは言えません。塩鮭、干物、漬物、佃煮などの保存食には塩が大量に含まれていますし、味噌や醤油といった調味料も塩分濃度が高いです。特に北陸を中心にした東日本では雪が多いという気候上の要因から、伝統的に塩分の高い保存食をたくさん消費します。そのため塩分を大量に摂取する傾向があり、脳梗塞の割合との正の相関があることも指摘されているようです。

塩分摂取量を減らすためには

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ではどのような食事を心がければ、健康的で長寿につながる塩分摂取量にすることができるのでしょうか? 今日からすぐできるのは過剰になりがちな食卓調味料の量を減らすことです。醤油・ソースやドレッシングなどは適量を心がけ、味付けを見る前にかけるのはやめましょう。酢や柑橘類、あさつきや生姜などの薬味を用い、塩味以外の風味を活かせば、減塩食も美味しくいただけます。ラーメンやうどんのスープは美味しいですが… 飲み干すのは我慢した方がいいですね。

また人間は味そのものだけでなく、香りや食感でも美味しさを感じています。つまり作り方の工夫で薄味でも美味しく食事ができるのです。だし汁のうま味を活かしたり、食材の切り方もささがき・いちょう・小口切り・短冊切り・輪切りといった風に変化をつけるもの一つの手ですね。

血液検査のナトリウムの項目は何を表す?

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血液検査結果の通知には「ナトリウム」あるいはナトリウムの化学式である「Na」という項目があります。この値は塩分を摂りすぎかどうかを計るバロメーターなのでしょうか? 実は血液検査のナトリウムの項目で分かるのは、塩分を摂りすぎかどうかではなく、体の中の「水分量」です。人体は腎臓によってナトリウムを排出する機能があるので、塩分の取りすぎが血液中のナトリウムイオン濃度の上昇に直結することはありません。しかし、脱水などによって体の水分が失われるとナトリウムイオン濃度が上昇します。またホルモンの異常や腎臓の病気があると、血中の水分が増えナトリウムイオン濃度は低下するのです。

その他のよく使われるナトリウム化合物

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ナトリウムの化合物は塩化ナトリウムだけではありません。実に様々なナトリウム化合物が私たちの身近なところで使われています。そのうちのいつくかをご紹介しましょう。

炭酸水素ナトリウムはふわふわパンケーキに必須!

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パンケーキやカップケーキを膨らませるのに使うベーキングソーダの主成分は「炭酸水素ナトリウム」。炭酸水素ナトリウムを熱すると二酸化炭素ガスを発生させるので、このガスの力で生地をふんわりと膨らませることができるのです。ただ一つ注意しないといけないのは、食材の組み合わせ。炭酸水素ナトリウムは熱すると強いアルカリ性を示す炭酸ナトリウムへと姿と変えてしまいます。そしてブルーベリーや紅芋などに含まれるアントシアニンという色素がアルカリ性になると示す色は青緑色。かわいい紫色の紅芋カップケーキをつくるつもりが、あまり食欲をそそらない青緑色のカップケーキになってしまうかも。

パイプが詰まったら水酸化ナトリウムの出番!

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水酸化ナトリウムという化合物は、非常に強いアルカリ性を示します。水酸化ナトリウムの溶液を触ると「ヌルッ」とするのですが、これは溶液がヌルヌルしているのではなく皮膚のタンパク質が溶けているのです。人体はタンパク質で出来ているので、もし目などに入ったら失明する可能性も。取り扱う際には保護メガネと手袋が欠かせません。こんなに危険な物質ですが、なんとドラッグストアで販売されています。用途は「パイプクリーナー」。排水パイプに詰まった髪の毛などもタンパク質で出来ているので、水酸化ナトリウムで溶かしてしまえるのです。

塩化ナトリウムは体に必要な物質だけど、摂りすぎに注意!

ナトリウムは金属の一種ですが、反応性が強いので私たちの身の回りでは主に塩化ナトリウム=食塩という化合物として存在しています。塩分は私たちの体の維持に必須の物質ですが、日本人は摂り過ぎている傾向があるそうなので、薄めの味付けを心がけましょう。しかし大量に汗をかく夏場のスポーツなどでは、ナトリウム不足となり足がつったり痙攣したりする恐れがあります。そういう時は塩分を含む飲み物や食べ物でナトリウムを補ってあげたほうがいいですね。

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化学理科

ナトリウムとは何?塩とどう違う?その定義や性質、血液との関係を元米国科学教師チロが詳しくわかりやすく解説!



化学の教科書には「炭酸水素ナトリウム」や「水酸化ナトリウム」という物質がよく出てくる。さらに「ナトリウム」という言葉は、日常生活でも医学や健康に関わる話題の時によく聞くよな。でもナトリウムがどんな物質なのかは、一般にはあまりよく知られていない。

今回はナトリウムとは何かを化学のスペシャリストで元米国科学教師のサイエンスライター、チロと一緒に解説していきます。
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ライター/チロ

放射能調査員や電気工事士など様々な「科学」に関係する職を経験したのち、教員の道へ。理科教員10年を契機に米国へ留学、卒業後は現地の高校でも科学教師として勤務した。帰国後は「フシギ」を愛するフリーランスティーチャー/サイエンスライターとして活躍中。

ナトリウムはアルカリ金属

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こう聞くと意外に思う人がいるかもしれませんが、ナトリウムはリチウムやカリウムと同じ「アルカリ金属」という金属の一種です。上の写真のように金属光沢を持ち、電気をよく通します。しかし我々が日常生活でナトリウムをピカピカとした金属の状態で見ることはまずありません。それはいったいなぜなのでしょうか?

金属ナトリウムの性質とは?

金属ナトリウムの性質とは?

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ナトリウムにズームアップし、原子の状態を見てみたのが上のイラスト。原子は中心にある原子核の周りを電子が回っているという構造をしており、ナトリウムをはじめとするアルカリ金属は皆、一番外側の電子軌道にたった一つだけ電子を持ちます。このぽつんと離れて存在する「一つだけの電子」がアルカリ金属のユニークな性質を決定するのです。

反応性が高い

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この原子核から遠くにある一つだけの電子は、簡単に別の場所にいくことができます。言い換えると非常に化学反応しやすいということです。ナトリウムを普段金属の状態で見ることがないのは、この反応性が非常に高いという性質のせい。ナトリウムを空気中に置いておくと速やかに酸素と反応し「酸化ナトリウム」という化合物になってしまいます。また金属ナトリウムを水に入れると…激しく反応して爆発します!ナトリウムって危険な物質だったんですね…

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