ドイツ世界史統計力学・相対性理論

相対性理論を確立した「アインシュタイン」とは?天才物理学者の人生・仕事・価値観などを元大学教員が解説

戦争に対するアインシュタインの立場

Citizen-Einstein.jpg
By Al. Aumuller – This image is available from the United States Library of Congress‘s Prints and Photographs division under the digital ID ppmsca.05649. This tag does not indicate the copyright status of the attached work. A normal copyright tag is still required. See Commons:Licensing for more information., Public Domain, Link

アインシュタインは物理学者として活躍しましたが、ちょうど第一次世界大戦そして第二次世界大戦の時期を生きています。さらにアインシュタインはユダヤの家系。ナチスドイツのユダヤ人差別にさらされたこともあり、戦争に対して厳しい態度を貫いていました。

ID: ↑パーツ内本文:120文字

第一次世界大戦では平和主義を主張

第一次世界大戦中、アインシュタインは戦争に反対する立場をとっていました。このときの有名な言葉が兵役に関するもの。アインシュタインは2%の人々が兵役を拒否したら戦争を継続できないと断言しました。なぜなら、兵役を拒否した人々を収容するだけの刑務所がないからです。

しかしながら第二次世界大戦のときは兵役拒否を批判。理由は定かではありませんが、ナチスドイツの台頭が影響を与えたと思われます。実際、アインシュタインはナチスドイツの時代に、ユダヤ人国家の建設を目指すシオニズム運動を支持。それによりナチス政権から迫害を受け、アメリカに亡命しています。そこで戦争を支持する立場に立ったのでしょう。

ID: ↑パーツ内本文:293文字

訪日時には原子爆弾開発の後押しを謝罪

アインシュタインは原子爆弾の開発には直接かかわっていません。彼の研究が原子爆弾の開発に直接つながっているわけでもありません。しかしながら彼の研究が間接的に原子爆弾の開発に貢献したという一面があります。

そのためアインシュタインは、日本の広島と長崎に原子爆弾が投下され、甚大な被害がもたらされたことについて、深く悔やんでいました。そこで、ノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹と面会したとき、原子爆弾開発に間接的に貢献したことを、涙を流して謝罪したと言われています。

ID: ↑パーツ内本文:231文字

アインシュタインは哲学者のバートランド・ラッセルと共に科学技術の平和利用を訴える宣伝文を1955年に出しています。それがラッセル=アインシュタイン宣言。ここで危惧されたのが冷戦下のアメリカとソ連の水爆実験ですが、その背景に日本の原爆投下の被害があったことは明白。ちなみにこの宣言にはアインシュタインと面会した湯川秀樹博士も名を連ねました。

ID: ↑パーツ内本文:169文字
no-img2″>
 <figcaption class=桜木建二

アインシュタインはトルーマン大統領にあてた手紙のなかで「第四次世界大戦」について予言している。第三次世界大戦でどんな兵器が使われるか質問されたとき、それは分からないが第四次世界大戦では「石とこん棒」が使われていると記したそうだ。ユニークな返しに見えるが、第四次世界大戦が起こる事態になったとき、もはや科学は存在しないと言いたかったのだろう。

ID: ↑パーツ内本文:170文字

アインシュタインは「美しさ」を追求した科学者

アインシュタインが数学や物理学に惹かれたのは数式が生み出す美しさ。そこに人種差別や戦争の問題が介入するのは、アインシュタインにとって許せないことでした。アインシュタインが生涯に渡ってクラシック音楽とバイオリンを愛したのは、そこに邪念のない美しさがあったからなのでしょう。アインシュタインはラッセル=アインシュタイン宣言に署名した2日後に体調を崩して亡くなりました。彼の最後の仕事が科学技術の平和利用を訴えること。それはアインシュタインが単なる物理学者ではなく、もっと広い視野で世界を見ていたことのあらわれと言えるでしょう。

ID: ↑パーツ内本文:261文字
1 2 3 4
Share:
hikosuke