ドイツ世界史統計力学・相対性理論

相対性理論を確立した「アインシュタイン」とは?天才物理学者の人生・仕事・価値観などを元大学教員が解説

小さいころから変わり者だったアインシュタイン

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「天才」さらには「変人」と評されるアインシュタインですが、子どものころは少し変わり者だったとのこと。ほかの子どもとは異なる言動をする一方、科学に対する興味は抜きんでていました。

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子どものころは言葉をあまり発しなかった

アインシュタインが生れたのは1879年。父親ヘルマン・アインシュタインと母親パウリーネ・コッホのあいだに長男として生まれました。ユダヤ系のドイツ人であった父親は弟と共に電気機器をつくる会社を設立。営業マンとして仕事をしていましたが、もともと数学が好きで学業を志していたという背景があります。

幼少期のアインシュタインはほとんど言葉を話さなかったものの、父親から方位磁石をもらったことをきっかけに、自然の世界に興味を持つようになりました。また、意外にも音楽に対する関心も高く、バイオリンを習っていたとのこと。単なる趣味の域にとどまらず、生涯の友のような位置づけとなりました。

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9歳でピタゴラスの定理の理解を深める

アインシュタインの数学に対する才能は幼少期から開花します。9歳のアインシュタインがほれ込んだのがピタゴラスの定理。直角三角形の3辺の長さの関係を表す数式に究極の「美」を感じ取ります。美しい定理がどのようなものであるのか夢中になって考え、自ら証明するほどでした。

叔父からもらった書籍でユークリッド幾何学を学び始めたのは12歳。微分積分についても興味を深めます。卓越した能力を発揮しはじめたアインシュタインですが、幼少期から確率は得意ではなく、のちに統計力学や量子力学を否定する名言「神はサイコロを振らない」を生み出しました。

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アインシュタインはすべての現象を数学的にはっきりさせることを好んだ。彼にとって量子力学は不完全なもの。疑問に思ったことを突き詰めていけば、必ず答えにたどり着くというのがアインシュタインの信念だった。だからこそ「確率」というあいまいさを残す考えを好まなかったのだろう。

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アインシュタインが26歳のときに訪れた奇跡

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アインシュタインの名前を後世に残す世紀の発見が続々となされたのは26歳のとき。1905年に提出された3つの論文がそれに該当します。そこで物理学の世界で1905年は「奇跡の年」と呼ばれ、現代物理学の幕開けと位置づけられるようになりました。

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hikosuke