日本史鎌倉時代

保元の乱の敗者を賛美する「保元物語」のあらすじ、背景、隠されたメッセージを元大学教員が5分で解説

保元物語の根底にあるのは人間の憎悪

保元物語の元になっている保元の乱は、さまざまな争いや諍いが複雑に絡み合って発生しました。保元物語のポイントを簡単にまとめると、以下のようになります。

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・保元の乱は親子の憎悪から広がった悲劇の内乱
・原因は父に疎まれて天皇の地位を退位させられた息子の恨み
・平安時代に栄華を誇った藤原摂関家の衰退も遠因
・源平の武士たちが、親子兄弟が敵味方に分かれて殺し合い
・天皇家と藤原家の跡継ぎ問題が絡み合って勃発した内乱
・日本中が内乱になり、殺戮の嵐となった

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保元の乱から中世の武士社会へ

保元物語は源為朝を賛美して終わりますが、現実は続きます。合戦を終結させた武士の力は大きく、貴族の歴史は一瞬にして幕を下ろしました。保元の乱のあと中世の武士社会がスタート。『愚管抄』の著者である慈円(じえん)は、「この乱にて中世の始まり」と言い表しました。

すさまじい身内同士の殺し合いを経て平氏の天下に。平清盛は日宋貿易を推し進め、新しい文化が大陸から入ってきます。やがて平氏は貴族化。源氏が台頭して源平争乱が勃発します。源頼朝が平氏政権を倒し、源氏の世となりました。本格的な武家政治が開始。世の中の仕組み、価値観は大きく変わりました。時代の変化の発端は紛れもなく保元の乱だったと言ってもいいでしょう。

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現代も、働き方、社会の仕組み、価値観、生き方などが刻々と変化している。俺たちも今、大きな社会変動の中にいると言ってもいいだろう。そういう変化のなかで、武士や貴族がどういうふうに生き延びようとしたのが、それを伝えているのが保元物語だ。

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保元物語が描くのは激動の時代の人間の姿

保元物語が賛美するのは勝者ではなく敗者。また、身内同士が憎し見合い、殺しあうという悲劇です。どうしてこんなことが起こったのでしょうか。保元物語は、激動の時代のなかで自分を見失い、負け戦に身を投じてしまう、人間の愚かさを表現したのでしょう。ただ、負ける者、消え去る者を、愚かな存在ではなく、それでも美しい存在としたのは、きっと敗者のなかに人間的な美しさを作者が見出したのかもしれません。

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hikosuke