国語言葉の意味

【慣用句】「親の顔が見たい」の意味や使い方は?例文や類語をWebライターがわかりやすく解説!

この記事では「親の顔が見たい」について解説する。

端的に言えば親の顔が見たいの意味は「しつけの悪い子どもににあきれて発することば」ですが、もっと幅広い意味やニュアンスを理解すると、使いこなせるシーンが増えるぞ。

語学好きで歴史好き、名古屋出身で6年間のライター経験を持つeastflowerを呼んです。一緒に「親の顔が見たい」の意味や例文、類語などを見ていきます。

ライター/eastflower

今回の記事を担当するのは語学好きで英語、中国語が得意な6年目のライター、eastflower。「親の顔が見たい」の言葉の起源やどんな場面で使えるのかをわかりやすく解説していく。

「親の顔が見たい」の意味や語源・使い方まとめ

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それでは早速「親の顔が見たい」の意味や語源・使い方を見ていきましょう。

「親の顔が見たい」の意味は?

まずは、「親の顔が見たい」の辞書の意味を見ていきましょう。

1. しつけの悪い子どもに接した時などにあきれていうことば。

出典: 日本国語大辞典(精選版)「親の顔が見たい」

辞書に記載されているとおり、「親の顔が見たい」(おやのかおがみたい)とは、「しつけの悪いこども」を見かけたときに、あきれて大人が言う言葉です。例えば、「電車の車内で大声でわめきながら走り回っているのを見かけたとき」、「自分の子どもが連れてきた友達にご飯をごちそうしたのに、ありがとうの一言もなかったとき」などに言われる言葉ですね。

幼少期の「しつけ」とは、人がひとり立ちするための準備基礎行為のことで、例えば、「食事」や「排泄(はいせつ)」、「きちんと決まった時間に眠ること」、「清潔につとめること」、「ことばづかい」、「お手伝いの習慣」などを親がきちんとこどもに教える義務があると考えられてきました。「親の顔がみたい」は、幼少期の子どもを他人が叱りつけることは難しいですし、むしろ、子供よりも親に責任があるのではないかという考え方がベースにある言葉なのかもしれませんね。

「親の顔が見たい」の語源は?

次に「親の顔が見たい」の語源を確認しておきましょう。「親の顔が見たい」は、しつけの悪いこどもに接したときの大人の発言のことでしたが、日本の社会では、「しつけ」は古来より極めて重要なことでした。

「しつけ」は大人の社会で言い換えると「礼儀作法」(れいぎさほう)のことですが、この礼儀作法が文章化されたのが、飛鳥時代の聖徳太子(しょうとくたいし)の「十七条の憲法」(じゅうひちじょうのけんぽう)と「冠位十二階」(かんいじゅうにかい)のときだと言われています。室町時代になると弓や馬の訓練ととともに、礼儀作法が重んじられ武家社会の規範となっていきました。このような武家を中心とした礼儀作法の大切さが庶民にまで伝わったのが江戸時代。このころから、大人は礼儀作法、こどもは「しつけ」が重要視され始めたのかもしれませんね。

\次のページで「「親の顔が見たい」の使い方・例文」を解説!/

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