アメリカの歴史世界史

キューバ革命を牽引「チェ ゲバラ」とはどんな人物?生い立ちや時代背景を元大学教員が5分で解説

よぉ、桜木建二だ。エルネスト・ゲバラはアルゼンチン生まれの政治家で、キューバのゲリラ指導者として知られている人物。キューバ革命を起こしたフィデル・カストロの思想に感銘を受けて共に戦う道を選んだ。革命家として人気が高く、今でも北米や南米地域に行くとお土産屋さんでチェ・ゲバラのTシャツ商品が売られているほどだ。

アルゼンチン人のチェ・ゲバラはどうしてキューバに赴き、革命の達成に命をかけたのだろうか。彼の生い立ちや彼が活躍した時代の背景について、世界史に詳しいライターひこすけと一緒に解説していくぞ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

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ライター/ひこすけ

アメリカの歴史や文化を専門としていた元大学教員。アメリカの歴史を調べていると必ず登場するのがキューバ革命。とくにチェ・ゲバラの場合、カリスマ的に人気が高く、憧れの対象にすらなっている。そこでチェ・ゲバラが今での多くの人を惹きつけるのか、彼の生涯を参考に魅力の源泉を調べてみることにした。

チェ・ゲバラとはどんな人物?

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By Perfecto Romero – Museo Che Guevara (Centro de Estudios Che Guevara en La Habana, Cuba), Public Domain, Link

チェ・ゲバラは1928年にアルゼンチンで生まれた政治家。1967年に亡くなるまでキューバをはじめコンゴやボリビアのゲリラのリーダーとして活躍しました。31歳という若さで亡くなったこともあり、革命家として理想化されている一面もあります。

本名はエルネスト・ゲバラ

チェ・ゲバラという呼び名が定着していますが本名はエルネスト・ゲバラ。「チェ」はスペイン語の方言で、親しい人に会ったときの呼びかけ言葉。日本語でいうと「やあ」「おい」などが相当します。

通常「チェ」は親しい友人に対して使いますが、ゲバラは初めて会った相手にも「チェ」とあいさつをしていました。キューバでもスペイン語は使われていますが、方言は奇妙な発音。それを面白がってゲバラのことを「チェ・ゲバラ」と呼ぶようになったそうです。

虚弱体質だったチェ・ゲバラ

ゲバラの両親はともにアルゼンチン人ですが、父親はバスク系、母親はアイルランド系と、血筋に違いがあります。誕生したのはロサリオ。当時はブエノス・アイレスに続く第二の都市として栄えていました。

たくましい革命家のイメージがありますが幼少期のゲバラは虚弱体質。生まれてすぐに肺炎になり、生涯に渡って思い喘息に苦しめられました。ゲバラの健康を気遣った両親は空気のよいところを求めて何度も引っ越し。しかしながら酸素吸入器が手放せない生活でした。

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酸素吸入器を必要とする喘息もちであったにも関わらず、ゲバラはスポーツが大好き。とくにラグビーに夢中になっていました。プレイ中に喘息が悪化したら自ら酸素吸入器を使用。発作が落ち着いたらプレイに戻ることを繰り返していたそうだ。タフな性格だったことが分かるエピソードだ。

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