現代社会

3分で簡単「大正ロマン」その定義とは?生まれた時代背景や活躍した芸術家などを歴史好きライターがわかりやすく解説

大正ロマンの定義とは

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ところで、大正ロマンには定義があるのでしょうか。そして、決まった様式があるのかについても説明していきましょう。

伝統と西洋文化の融合

大正ロマンの定義としては、「大正時代の雰囲気を伝える独特の文化や芸術」といった表現となります。しかし、大正時代に生み出されたものがすべて大正ロマンを名乗れるというわけではありません。

大正ロマン最大の特徴は、日本の伝統文化と西洋の文化が入り混じっているということです。明治時代になり日本へもたらされた西洋の芸術や生活様式が、大正時代になって日本の文化と融合し、日本独特の文化となって結実しました。特に建築や家具、服装などで和と洋2つの特徴を巧みに取り入れています。

華やかだが退廃的

「ロマン」という言葉を用いていることもあり、大正ロマンに華やかな印象を持つ人も多いでしょう。実際に、女性のパーマヘアが流行したのは大正時代からですし、童謡唱歌流行歌が街に流れるようになったのも大正になってからでした。劇団藝術座や後の宝塚歌劇団ができたのも大正時代、『キネマ旬報』の創刊も大正時代です。

しかし、戦争災害などが立て続けに起こったため、大正時代は必ずしも安寧の世の中とはいえませんでした。退廃的で厭世主義の生き方を選ぶ人も生まれています。華やかな文化が花開く一方で社会への不安を感じるという、複雑な感情を抱えたまま昭和のモダニズムへと進んでいったのです。

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昭和初期に花開いた文化に昭和モダンがあるな。和洋折衷の華やかな文化だが、その特徴は大正ロマンとほぼ同じだ。よって、分類によっては時代が続いている大正ロマンと昭和モダンをひと括りにするものもあるぞ。

大正ロマンを象徴するものとは

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では、大正ロマンを象徴するものはあるのでしょうか。特に建築と服装に、その特徴が見られたようです。

和洋折衷の建築様式

現代でも大正ロマンの雰囲気を感じられるものに建築があります。東京の旧岩崎邸庭園や大阪の大阪府立中之島図書館などが大正ロマンの影響が顕著に現れているものとして有名です。岐阜県にある日本大正村に至っては、特定の施設だけに限らず町の至る所で大正ロマンの香りを感じられます。

大正時代の建物は、和と洋が入り混じっているというのが最大の特徴です。官公庁や学校、それに東京駅などといった公共の建物は、洋館風のものが多く造られました。その一方で、一般向けの住宅では、和風建築に洋風の建具や家具を組み合わせるという動きがあったのです。

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