言葉で他人を傷つけることもダメ
ジャイナ教は、行動だけではなく言葉に対する配慮を求める宗教です。たとえば、命を傷つけるという意味で、他人に対して悪口を言う、傷つく言葉を発することも忌み嫌われました。さらには心のなかで他人を傷つけることを思うこともダメ。それが他の人に気づかれていなくても、心の中で思うことさえ許されませんでした。
他人や動物に襲われた時の自己防衛も教義的に許されません。当時は、自己防衛ができないため、逃げられなかったら命を落とすしかありませんでした。アヒンサーを守ることは自分の命と引き換えることで達成。行動、言葉、心理、この3つを様々な方法で律せねばならない厳しいものでした。
ジャイナ教の教団は2派に分派
ジャイナ教は様々に継承されながら、現在は2派にわかれて残っています。ひとつが白衣派と呼ばれる宗派。現地ではシュヴェーターンバラ派と言われています。もうひとつが裸行派。ディガンバラ派と呼ばれています。
シュヴェーターンバラ派は戒律がゆるやかな教派
シュヴェーターンバラ派は、出家者が白い服を着る慣習があるため白衣派と呼ばれています。シュヴェーターンバラ派は937年に形成されたヴラハダ派の分派という位置づけ。女性に対しても寛容で女性であっても解脱できると考えました。そのため、白衣派は男性よりも女性のほうが出家者が多いという特徴があります。
シュヴェーターンバラ派の正典はアーガマあるいはシッダーンタと呼ばれるもの。もともとは書き記されておらず、師匠から弟子へ口頭で伝えられていました。正典は45部から構成。失われたものもあります。本文は方言であるアルダマーガディー語。注釈についてはサンスクリット語で書かれています。
ディガンバラ派はより厳格な宗派
裸行派と呼ばれるディガンバラ派は、シュヴェーターンバラ派よりも厳格な宗派です。インドの宗教では、神々は裸で描かれることが多く、それを実践することから裸行と表現されました。シュヴェーターンバラ派は白い布をまとっていますが、ディガンバラ派は裸。しかし、彼らは裸でいるという認識はありません。
裸でいるのは何かを所有している状態から脱するため。究極の私的所有の拒否を裸によってあらわしました。ただし、在家の信徒については裸でいることは求められていません。ディガンバラ派の信徒が持つことを許されているのは、クジャクの羽でできたホウキと水を入れるためのヒョウタンだけ。ホウキは道にある命を払うためのものです。
ジャイナ教の信者の食生活
世界中で菜食主義を実践する人が増えるなか、ジャイナ教の食事であるジャインフードに注目が集まっています。信者は菜食主義が基本とされているため、肉食を避けるためのあらゆる工夫を実践。精進料理がふるまわれています。
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