ジャイナ教が生れたのは紀元前6世紀から前5世紀にかけてのころ。ゴータマ・ブッダと同じ時代のマハービーラによって創設された。少数派ではあるものの現在も継承されているインドの宗教です。とくに有名な戒律が徹底した不殺生。動物を傷つけることを禁じるアヒンサーです。

ジャイナ教の厳格な禁欲主義の影響もあり、独自の生活スタイルや食文化を守っているジャイナ教信徒したち。そこで、ジャイナ教の思想や生活について世界史に詳しいライターひこすけと一緒に解説していきます。

ライター/ひこすけ

アメリカ文化と歴史を専門とする元大学教員。宗教に対する興味もあり、気になることがあったら調べている。ジャイナ教はベジタリアンを徹底しているため独自の食文化を形成しているとのこと。どんな生活をしているのか、何を食べているのか知りたくなって、今回まとめてみることにした。

ジャイナ教とはどんな宗教?

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ジャイナ教徒が生れたのは紀元前6世紀から前5世紀ごろにかけて。詳細は不明です。ジャイナ教を創設したのはマハービーラ。インドの聖者で仏教の源を作ったゴータマ・ブッダとおおよそ同じ時期に活動した人物です。

マハービーラはジャイナ教を確立した人物

マハービーラはジャイナ教を確立した人物とされていますが、生没年などの詳細は不明です。マハービーラとは「偉大な英雄」を意味する尊称。本当の名前はバルダナーマとされています。30歳になったマハービーラはバラモンに対立的な態度をとるニガンタ派に出家。厳しい修行を行います。

シーナ派では、厳しい修行を終えたものは勝利者を意味するジナと呼ばれるのが慣習。ジナの教えを説くものとなりました。それが発展して、「ジナの教え」を意味するジャイナ教となります。それからもマハービーラは厳しい修行と教えを広める活動を続け、72歳でパータリプトラという地で生涯を終えました。

徹底した不殺生と相対主義が思想の軸

マハービーラが修行を通じて見出したのが徹底した不殺生。生き物によって生き物を傷つけることが、人間の苦しみの原因であると考えました。そこで、不殺生を通じて苦しみの原因を取り除くことが、本来の人間の姿を取り戻す方法であると説きました。不殺生はアヒンサーと呼ばれ、ジャイナ教の思想の軸となります。

もうひとつが物事を一方的に見るべきではないという考え方。マハービーラによると、物事は双方的に認識されるのが自然なありかた。ひとつの言葉や見方ではなく、さまざまな視点からとらえられるべきと考えました。これは今の表現を借りると「相対主義」。ディスカッションする際に断定的な表現や判断を使うことを嫌ったことでも知られています。

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マハービーラを開祖として発展したジャイナ教

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マハービーラの教えに影響を受けた信徒たちが、彼を開祖として発展させたものがジャイナ教です。マハービーラが、悟りを開いたジナであることから、ジナ教と呼ばれることもあります。

インド国内で発展したジャイナ教

同じ時期に創設された仏教は、インドの宗教者であるブッダを開祖に日本を含めて世界中に広まりました。それに対してジャイナ教の教えが受容されたのはインド国内のみです。少数派にとどまっているものの、その厳格な教えは信徒のあいだに深く浸透し、インドのさまざまな文化に多大な影響を与えました。

信徒が守るべきものは3つ。正しい信仰、正しい知識、正しい行いです。ジャイナ教の信徒のあいだでは、この3つの教えは三つの宝を意味するトリ・ラトナと呼ばれ、宗教生活の基本とされました。正しい信仰とは、ジャイナ教の戒律に従った信仰。それに即して生活することを求められました。その生活は禁欲的なものでした。

修行の基本となるのが5つの戒律

ジャイナ教では教えを悟るために厳しい修行が行われています。それは多岐に渡りますが主なものは5つ。とくに有名なのが生きものを傷つけないことを徹底する、アヒンサーと呼ばれる戒律です。また、偽りの言葉を発すること、他人のものを盗むことも禁じられました。このふたつは道徳的な側面も強い教義です。

ジャイナ教を特徴づけるのが性的行為の一切の禁止。女性は全ての罪の原因とする考えによるものです。また、何ものも所有しないことが推奨されました。物的欲望を断つだけではなく、究極には食べ物を何も口にしない断食が理想とされました。この5つの戒律の延長上で、お酒を飲むことも禁じられています。

ジャイナ教の宗教生活の基礎となる菜食主義

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ジャイナ教の信徒にとって、アヒンサーを守ることはもっとも重要。動物や植物のほかに、大地、水、火、風、大気のなかに生命が宿っていると考えられました。そのため、身の回りにあるあらゆるものに生命はやどっているため、注意を払いながら生活しなければなりません。

断食は窮境の悟りの境地

水の中にも生命が宿っていると考えるため、水を飲まずに命を落とす教徒もいるほど。出家者や修行者は、道を歩くときにホウキで払いながらアヒンサーを実践するとも言われています。空気にいる生命を誤って飲み込まないように、口に布を当てて話すことも。ジャイナ教の教義では、いわゆる微生物に対しても注意を払うことが求められました。

微生物にまで命を見出す考え方は、断食をよきものとする教えにもつながります。ジャイナ教では、究極の悟りは食べ物をすべて断つことで達成されると考えられました。自ら命を絶つ「自殺」は、命を粗末にするものとして戒める宗教が多数。しかしながらジャイナ教の出家者は、食べ物を断つことで命を落とすことを積極的に認められています。

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言葉で他人を傷つけることもダメ

ジャイナ教は、行動だけではなく言葉に対する配慮を求める宗教です。たとえば、命を傷つけるという意味で、他人に対して悪口を言う、傷つく言葉を発することも忌み嫌われました。さらには心のなかで他人を傷つけることを思うこともダメ。それが他の人に気づかれていなくても、心の中で思うことさえ許されませんでした。

他人や動物に襲われた時の自己防衛も教義的に許されません。当時は、自己防衛ができないため、逃げられなかったら命を落とすしかありませんでした。アヒンサーを守ることは自分の命と引き換えることで達成。行動、言葉、心理、この3つを様々な方法で律せねばならない厳しいものでした。

ジャイナ教の教団は2派に分派

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ジャイナ教は様々に継承されながら、現在は2派にわかれて残っています。ひとつが白衣派と呼ばれる宗派。現地ではシュヴェーターンバラ派と言われています。もうひとつが裸行派。ディガンバラ派と呼ばれています。

シュヴェーターンバラ派は戒律がゆるやかな教派

シュヴェーターンバラ派は、出家者が白い服を着る慣習があるため白衣派と呼ばれています。シュヴェーターンバラ派は937年に形成されたヴラハダ派の分派という位置づけ。女性に対しても寛容で女性であっても解脱できると考えました。そのため、白衣派は男性よりも女性のほうが出家者が多いという特徴があります。

シュヴェーターンバラ派の正典はアーガマあるいはシッダーンタと呼ばれるもの。もともとは書き記されておらず、師匠から弟子へ口頭で伝えられていました。正典は45部から構成。失われたものもあります。本文は方言であるアルダマーガディー語。注釈についてはサンスクリット語で書かれています。

ディガンバラ派はより厳格な宗派

裸行派と呼ばれるディガンバラ派は、シュヴェーターンバラ派よりも厳格な宗派です。インドの宗教では、神々は裸で描かれることが多く、それを実践することから裸行と表現されました。シュヴェーターンバラ派は白い布をまとっていますが、ディガンバラ派は裸。しかし、彼らは裸でいるという認識はありません。

裸でいるのは何かを所有している状態から脱するため。究極の私的所有の拒否を裸によってあらわしました。ただし、在家の信徒については裸でいることは求められていません。ディガンバラ派の信徒が持つことを許されているのは、クジャクの羽でできたホウキと水を入れるためのヒョウタンだけ。ホウキは道にある命を払うためのものです。

ジャイナ教の信者の食生活

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世界中で菜食主義を実践する人が増えるなか、ジャイナ教の食事であるジャインフードに注目が集まっています。信者は菜食主義が基本とされているため、肉食を避けるためのあらゆる工夫を実践。精進料理がふるまわれています。

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ジャイナ教のジャインフードが再注目

ライトなジャイナ教の教徒は菜食主義は当たり前。卵を使った料理も食べません。そのためジャイナ教では禁じされている食材を使わないジャインフードが定着しています。スープは豆を使ったダール」というもの。パンはロティという特別なものを食べています。スイーツも卵を使わずにジャイナ教仕様で作られてきました。

そのためジャイナ教の信徒と結婚すると、教義に即した食事を作らなければなりません。日本人が結婚した場合も、同じようにベジタリアンになる必要があります。ベジタリアンと言っても、完全に菜食というわけではなく、動物に苦痛を与えることなく採取しているものはOK。牛乳やバターなどは牛に苦痛を与えていないのでたっぷり使うようです。

香りが強い野菜は禁止

スパイスを使うことは認められていますが、香りが強い香菜は禁止されています。その理由はタブーとされているから。アジアの菜食主義者は中国の自然哲学の影響を受けており、五葷と呼ばれる5つの野菜を避ける傾向があります。五葷とは、ニラ、ニンニク、ラッキョウ、アサツキ、ネギの5つ。アサツキはたまねぎで代用されることもあります。

ジャイナ教では、五葷と呼ばれる5つの野菜は、収穫するときに地中の生き物を殺している可能性があり、タブーとされてきました。そのためジャイナ教の信徒におもてなしするときは、香りづけだけであっても5つの野菜を使うことはできません。また、外食するときも五葷はNG。コミュニティの外で食事をすることはジャイナ教徒にとっては高いハードルです。

ジャイナ教の影響力はインド社会のなかで健在

ジャイナ教徒は動物を傷つけることを禁じられています。そのため商業関係の仕事に就いている人が多く、有能なビジネスマンも少なくないようです。日本で仕事をしている人もおり、ジャイナ教徒のインド人と出会うことが全くないとは言えません。現在のジャイナ教徒は260万人ほどいるそうです。インドの全人口からすると少数派の宗教。しかしながらジャイナコミュニティは経済的・社会的な影響力が強く、インド社会で一定の存在感を放っていると言われています。このような多数派とは別の宗教コミュニティにも目を配ることで、インド社会の真の姿が見えてくるでしょう。

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アジアの歴史世界史

厳格なベジタリアン?「ジャイナ教」の思想や開祖・その生活についてなどを元大学教員がわかりやすく解説

ジャイナ教が生れたのは紀元前6世紀から前5世紀にかけてのころ。ゴータマ・ブッダと同じ時代のマハービーラによって創設された。少数派ではあるものの現在も継承されているインドの宗教です。とくに有名な戒律が徹底した不殺生。動物を傷つけることを禁じるアヒンサーです。

ジャイナ教の厳格な禁欲主義の影響もあり、独自の生活スタイルや食文化を守っているジャイナ教信徒したち。そこで、ジャイナ教の思想や生活について世界史に詳しいライターひこすけと一緒に解説していきます。

ライター/ひこすけ

アメリカ文化と歴史を専門とする元大学教員。宗教に対する興味もあり、気になることがあったら調べている。ジャイナ教はベジタリアンを徹底しているため独自の食文化を形成しているとのこと。どんな生活をしているのか、何を食べているのか知りたくなって、今回まとめてみることにした。

ジャイナ教とはどんな宗教?

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ジャイナ教徒が生れたのは紀元前6世紀から前5世紀ごろにかけて。詳細は不明です。ジャイナ教を創設したのはマハービーラ。インドの聖者で仏教の源を作ったゴータマ・ブッダとおおよそ同じ時期に活動した人物です。

マハービーラはジャイナ教を確立した人物

マハービーラはジャイナ教を確立した人物とされていますが、生没年などの詳細は不明です。マハービーラとは「偉大な英雄」を意味する尊称。本当の名前はバルダナーマとされています。30歳になったマハービーラはバラモンに対立的な態度をとるニガンタ派に出家。厳しい修行を行います。

シーナ派では、厳しい修行を終えたものは勝利者を意味するジナと呼ばれるのが慣習。ジナの教えを説くものとなりました。それが発展して、「ジナの教え」を意味するジャイナ教となります。それからもマハービーラは厳しい修行と教えを広める活動を続け、72歳でパータリプトラという地で生涯を終えました。

徹底した不殺生と相対主義が思想の軸

マハービーラが修行を通じて見出したのが徹底した不殺生。生き物によって生き物を傷つけることが、人間の苦しみの原因であると考えました。そこで、不殺生を通じて苦しみの原因を取り除くことが、本来の人間の姿を取り戻す方法であると説きました。不殺生はアヒンサーと呼ばれ、ジャイナ教の思想の軸となります。

もうひとつが物事を一方的に見るべきではないという考え方。マハービーラによると、物事は双方的に認識されるのが自然なありかた。ひとつの言葉や見方ではなく、さまざまな視点からとらえられるべきと考えました。これは今の表現を借りると「相対主義」。ディスカッションする際に断定的な表現や判断を使うことを嫌ったことでも知られています。

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