現代社会

国鉄三大ミステリーとも呼ばれる「下山事件」とは?時代背景と事件の詳細、考察を含めて会社員ライターが分かりやすくわかりやすく解説!

よぉ、桜木健二だ。下山事件とは戦後間もない日本で起きた事件で、国鉄が関係していることから他の国鉄関連の事件と合わせて「国鉄三大ミステリー事件」とも呼ばれているんだ。そして今日まで事件は未解決のまま、事項を迎え迷宮入り。捜査は打ち切りになったものの事件の様々な見解が示唆されているんだ。今日はその下山事件の起きた時代背景と、事件の詳細、事件をめぐる様々な見解まで含めて会社員ライターのけさまると一緒に見ていくぞ。

「ドラゴン桜」主人公の桜木健二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に建て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

ライター/けさまる

普段は鉄鋼系の事務をしながら、大学時代の人文学科での経験を生かして執筆活動に取り組む。学生時代の研究テーマはイスラームについて。

下山事件とは

下山事件とは戦後間もない1949年に、当時の国鉄(現在のJR)総裁だった下山定則氏が出勤途中に送迎車から降りた後失踪し、その翌日に線路上で轢死体(電車にひかれた状態)となって発見された事件です。この時期、直近1ヶ月間に国鉄に関係した殺人事件が他に2件発生しており、下山事件を含むこの3件は「国鉄三大ミステリー」と呼ばれています。

<時代背景1>戦後日本の転換期

では1949年当時の社会はどのような状況だったのでしょうか。戦後間もない当時の日本は連合国軍の占領下にありました。世界情勢に目を向けると、アメリカとソ連の冷戦状態(資本主義のアメリカと社会主義のソ連の国際的対立)がすでに表面化しており、アメリカは日本の資本主義をさらに強化するべくドッジ・ラインという政策を実施し、これまで敷かれていた物価の統制を順次廃止し、自由競争を促進させました。これにより日本は世界市場復帰を果たした一方、国内ではデフレーションが進行し、「ドッジ不況」と呼ばれました。その他、物理学者の湯川秀樹氏がノーベル物理学賞を受賞したのもこの年でした。

<時代背景2>旧国鉄の方針転換

image by iStockphoto

国鉄は従来の国営(国が経営する)体制から、国有鉄道(最初の資本金は国が出資し、その後の経営は独立した会社として行う)へと方針転換を実施しました。これに伴い、国鉄赤字の要因の一つである多すぎる従業員の大規模リストラを実施することを決定しました。これを中心となって行ったのが、当時初代国鉄総裁に就任した下山定則氏でした。従業員が増えた要因の一つは戦争から戻った人々の働き口として大量に従業員を雇用していたことが挙げられ、リストラに際しては当時の労働組合によるストライキが起こるなど緊張が走りました。こうした背景があったため、下山氏の死については様々な憶測や考察が挙げられています。

事件の概要

当時国鉄の初代総裁に就任したばかりだった下山は、いつも通り送迎車に乗って出勤しました。その途中で日本橋の三越に寄るよう運転手に指示を出し、到着すると運転手をその場に待たせて一人三越の店内へと入っていきます。しかしその後、予定されていた重要な会議の時間になっても下山は送迎車に戻ることはなく失踪。そして翌日、足立区の立体交差部ガード下付近で轢死体となって発見されたのです。

失踪した国鉄総裁

失踪当日、下山は運転手に日本橋の三越に寄るよう指示を出しましたが、到着時点で開店前だったため周辺を車で走らせてから再度三越へ戻ってきました。そして運転手には5分程度で戻る旨を伝えて送迎車を後にします。しかし、日常的に下山は運転手を待たせて送迎車を降りることも多かったため、会議時間に下山が遅れたことで自宅に会議関係者から連絡が入るまで下山が失踪したことに誰も気づかなかったのでした。その後の調べで三越店内に下山の目撃情報があり、三越に入店したところまでは間違いないとされました。

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