現代社会

5分でわかる「公明党」どんな政策を掲げている?代表や政教分離問題などを行政書士試験合格ライターが解説

よぉ、桜木建二だ。今回は、2012年より自民党と連立政権を維持して与党となっている公明党について取り上げていこう。

公明党の主な政策や代表となっている人物、それに政教分離問題などについて、日本史に詳しいライターのタケルと一緒に解説していくぞ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

ライター/タケル

資格取得マニアで、士業だけでなく介護職員初任者研修なども受講した経験あり。現在は幅広い知識を駆使してwebライターとして活動中。

公明党のはじまり

image by iStockphoto

まずは公明党がどのような過程を経て結党されたか説明していきましょう。

1956年に国政で初めての議席

戦後になり宗教法人としての規模を拡大させた創価学会。その中の文化部が、1950年代から政界進出に挑むようになります。国民の生活を変えるには政治を変える必要があると、当時の首脳部が考えたためです。はじめは無所属で出馬した候補者を、創価学会が支援するという形を取りました。

1956(昭和31)年の参議院選挙で3名の当選者を出した創価学会は、ここから国政に進出します。1961(昭和36)年には、さらにその勢いを強化させようと公明政治連盟を結成しました。のちの公明党となる団体です。

1964年に公明党と名を変える

1964(昭和39)年、公明政治連盟が改組され、名前も公明党に改められました。創価学会から組織を独立させるのがその理由です。結党大会は1万人以上の党員が集まる大規模なものでした。

1967(昭和42)年には衆参両院で合わせて45議席を獲得するようになり、自民党・社会党(当時)に続く第3の勢力としての地位を築くようになります。その頃から1980年代にかけては、社会党や民社党(当時)と連携を取って、自民党と対立する路線を歩んでいました。しかし、自民党の壁は高く、その間はずっと野党として活動するしかありませんでした。

no-img2″>
 <figcaption class=桜木建二

戦後間もなくの選挙では買収などによる選挙違反が多かったため、それらを防ぐために「公明選挙運動」というものが推進されるようになった。だが、公明選挙連盟が結成されたことでその名称が使えなくなったぞ。そこで、新しい名称を公募して「明るく正しい選挙」が採用され、現在では「明るい選挙」がスローガンとなったのだ。

公明党が掲げる政治理念とは?

image by iStockphoto

では、公明党はどのような政治理念を掲げているのでしょうか。

福祉に力を入れる

公明党は特に福祉政策に力を入れてきており、「福祉の党」と呼ぶ人もいるほどです。党の綱領にも「生命・生活・生存を最大に尊重する人間主義を貫く」「人間・人類の幸福追求を目的とする」といった文言が並んでいます。

障害者自立支援法を自民党とともに成立させ、障害者が福祉サービスを利用しやすくしました。2016(平成28)年に成立した無給年金者救済法により、年金受給資格期間が10年に短縮されています。1999(平成11)年の小渕内閣時代に発行された地域振興券や、消費税率を10%に引き上げた際に導入された軽減税率は、公明党の意向が強く反映されたものです。

次のページを読む
1 2 3 4
Share: