平安時代日本史鎌倉時代

宮中の恋愛泥沼劇!「とはずがたり」そのあらすじについて元大学教員が5分で解説

よぉ、桜木建二だ。とはずがたりは後深草院に仕えた女房二条が作者。鎌倉時代後期の徳治元(1306)年から徳治7(1313)年ころにかけて成立したと考えられている。物語の前半は主人公の女性と男性たちの恋愛泥沼劇。宮中の恋愛事情が赤裸々に語られた作品だ。後半は出家したあとの自由に旅する話をつづっている。

この時代、宮中ではどんな恋愛が繰り広げられていたのだろうか。それじゃあ、日本史に詳しいライターひこすけと一緒に「とはずがたり」について解説していくぞ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

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ライター/ひこすけ

アメリカの歴史や文化が専門の元大学教員。気になることがあったらいろいろ調べている。とはずがたりは長らく存在が知られていなかった作品。その暴露本的内容に興味を持ってまとめてみた。

「とはずがたり」とはどんな物語?

image by PIXTA / 81635333

とはずがたりの作者は後深草院に仕えた女房二条。鎌倉時代後期の徳治元(1306)年から徳治7(1313)年ころに成立したと考えられています。物語の前半は少女のころから後深草院に寵愛されながらも3人の男性と恋をするという恋愛泥沼劇。別の言い方をすると、宮中暴露本と言えよう作品です。後半は出家後の旅日記。ほぼ事実が語られている衝撃の告白本です。

「とはずがたり」の作者が生きた時代

天皇を頂点とする身分社会。これは平安時代と変わりありません。貴族が表舞台から去り、武士が支配者。女性は身分の高い男性に逆らうことができない点は同じです。宮中で働く女官たちは、天皇に命令されたら、何事も拒むことはできませんでした。

当時は、天皇をリタイアした「院」と呼ばれる「元天皇」が絶大な権力を握っていました。そのため現役の天皇との間に権力闘争がたびたび起こっていました。鎌倉幕府の仲介で話し合いがもたれ、元天皇による院政が廃止。後醍醐天皇による政治がスタートします。しかしながら後醍醐天皇は幕府討幕計画を起こして失敗。いっそう混沌としてきた不穏な時代でした。

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女房というのは、宮中で自分の局いわゆる部屋を与えられて、天皇や后たちのお相手をする女性のこと。今で言うと女性キャリア官僚。こんな激動の時代を女性たちがどう生き伸びたのかは知る由もない。

二条と呼ばれた女性が「とはずがたり」の作者

とはずがたりの作者は二条。貴族久我雅忠の娘で、幼名は「あかこ」でした。2歳で母を亡くし、4歳のころに、幼い彼女にひと目ぼれした当時19歳の後深草院に引き取られ、14歳で院のオンナとなりました。そのころ、彼女にはひそかに「雪の曙」と呼んでいた想い人がいました。それでも院の寵愛を受け続けました。あかこは二条と呼ばれていましたが、后でもなく正式な女房でもない立場でした。

二条は後深草院の子どもを懐妊。その頃、二条の父親が亡くなって後ろ盾がないまま16歳で男児を出産します。その子は皇子という立場も曖昧なまま幼くして亡くなりました。恋人の雪の曙との間にも女児を生みます。女児は雪の曙がどこかへ連れて行きました。さらに二条は仁和寺の高僧とも関係をもち、男児二人を産みました。

ちなみに元天皇にはいろいろな呼称がありました。院は上皇あるいは太政天皇とも呼ばれていました。法皇というのは出家した上皇のこと。それぞれが権力を行使していたため、世の中はめちゃくちゃでした。今なら後深草院の行為は未成年者に対する犯罪。当時の権力者は何をしてもおとがめなしでした。宮中を舞台に繰り広げられる愛憎劇は現代の週刊誌のトップ記事に相当しそうですね。

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