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【ことわざ】「明日には紅顔ありて夕べには白骨となる」の意味や使い方は?例文や類語を超読書家Webライターがわかりやすく解説!

「明日には紅顔ありて夕べには白骨となる」の対義語は?

「明日には紅顔ありて夕べには白骨となる」という言葉は世の中の儚さを主に表す言葉でした。それではこの逆の意味の言葉として、皆さんの頭の辞書からはどのような言葉が出てきましたか。

それでは対義語を確認しましょう。

「永劫不変」

「明日には紅顔ありて夕べには白骨となる」の対義語は「永劫不変」です。これは「明日には紅顔ありて夕べには白骨となる」が世の中の無常さや儚さを表す言葉ということから、「永遠に変わることがないこと」を反対の意味と捉えた時の対義語と言えるでしょう。

同じ意味を持つ言葉として「千古不易」なども対義語として挙げられます。まとめて憶えておくと良いでしょう。

「明日には紅顔ありて夕べには白骨となる」の英訳は?

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「明日には紅顔ありて夕べには白骨となる」の意味は、「この世や人の命は儚い」でした。出典は浄土真宗の御文ですから、英語の本拠地たるイギリスやアメリカにおいては宗教的にこの言葉が直接英語になっているとは考えづらいでしょう。

さて、それでは英語では人の命の儚さを表す言葉はどう表現されるのでしょうか。それでは英語訳を確認しましょう。

「Today red, tomorrow dead.」

「明日には紅顔ありて夕べには白骨となる」の英語訳は「Today red, tomorrow dead.」です。直訳は「今日生きていたのが、明日死んでいる」となります。人生の儚さを表す言葉として短くて力強いだけでなく、韻を踏んでいることも印象的ですね。

また、日本語では「紅顔」と表し、英語では色で直接「red」としていますが、やはり健康な状態をどちらも「赤」で表している共通点がなんとも不思議な連帯感を与えてくれます。文化や歴史の違いがあっても人間の感性はどこか似たところがあるという証拠なのかもしれません。

「明日には紅顔ありて夕べには白骨となる」を使いこなそう

この記事では「明日には紅顔ありて夕べには白骨となる」の意味・使い方・類語などを説明しました。

宗教は国の文化に大きく関係するほど大事なものです。場合によっては国の成り立ちに直結するものでもあります。その宗教から生まれた言葉は独特の視線で紡がれますから、言葉を通してその視点を借りられるのは貴重な体験と言えるでしょう。

是非、この機会に教典や経典を拝読してみてはいかがでしょうか。

それでは、良い言葉の日々を

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