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【ことわざ】「明日には紅顔ありて夕べには白骨となる」の意味や使い方は?例文や類語を超読書家Webライターがわかりやすく解説!

「明日には紅顔ありて夕べには白骨となる」の使い方・例文

「明日には紅顔ありて夕べには白骨となる」の使い方を例文を使って見ていきましょう。この言葉は、たとえば以下のように用いられます。

1.知人の突然の訃報に未だ実感が湧かない。明日には紅顔ありて夕べには白骨となるという言葉がまさに現実となっているようだ。
2.数年ぶりに帰郷したが、目の前に広がる町並みは記憶の中の面影を感じられないほどに変わっていた。明日には紅顔ありて夕べには白骨となるとはいうが、寂しい気持ちがぬぐえない。

「明日には紅顔ありて夕べには白骨となる」の意味は「人の生死は予測できない」でした。その為、例文1のように突然の別れでこの言葉を使うことが一番違和感がありません。このような場面でこの言葉がすぐに口をついて出るようになれば、教養の高さも印象付ける言葉出来ますよ。

例文2では世の中の無常さに焦点を当てています。まさに目の前に広がる光景から寂寥感をひしひしと感じている様子が伝わってくるようですね。

「明日には紅顔ありて夕べには白骨となる」の類義語は?違いは?

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「明日には紅顔ありて夕べには白骨となる」の意味は「世の中は無常で、人の命は儚い」でした。世の中の無常さや人の命の儚さを表す言葉は他にどんなものがあるのでしょうか。

それでは早速類義語を確認しましょう。

「老少不定」

「明日には紅顔ありて夕べには白骨となる」の類義語は「老少不定」です。読み方は「ろうしょうふじょう」で「命は予測がつかないものであり、必ずしも老人が若いものより先に死ぬわけではない」という意味を持ちます。命が予測できないという意味で「明日には紅顔ありて夕べには白骨となる」の類義語です。

そして、世の中の無常さや儚さという意味での類義語は「盛者必衰」や「諸行無常」が挙げられます。これらの言葉を耳にすると平家物語を真っ先に思い浮かべるかもしれません。しかし、後者の「諸行無常」もまた仏教の思想を基にする言葉です。是非この機会に知識として宗教の分野の知見を広げてみてはいかがでしょうか。

また、「昨日の淵は今日の瀬」という言葉も世の中の変化のはやさを表す言葉ですので、憶えておくと良いでしょう。

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