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【ことわざ】「明日には紅顔ありて夕べには白骨となる」の意味や使い方は?例文や類語を超読書家Webライターがわかりやすく解説!

この記事では「明日には紅顔ありて夕べには白骨となる」について解説する。

端的に言えば明日には紅顔ありて夕べには白骨となるの意味は「人の一生は儚い」ですが、もっと幅広い意味やニュアンスを理解すると、使いこなせるシーンが増えるぞ。

絵本から専門書まで読み漁る本の虫、シクロを呼んです。一緒に「明日には紅顔ありて夕べには白骨となる」の意味や例文、類語などを見ていきます。

ライター/シクロ

絵本から専門書まで読み漁る本の虫。塾講師の経験もあり、難関校への合格実績も多数。

言葉の背景にある文化や歴史を知ることを人生の至上の目的としている。

「明日には紅顔ありて夕べには白骨となる」の意味や語源・使い方まとめ

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慣用句やことわざには世界の真理を表すものが多く存在します。しかし、長い歴史の中でそれぞれの文化や思想を熟成させた宗教の経典や教典にも、多くの真理を表す言葉が内包されて現在まで伝えられているのです。今回はその中から「明日には紅顔ありて夕べには白骨となる」を一緒に学びたいと思います。

それでは早速「明日には紅顔ありて夕べには白骨となる」の意味や語源・使い方を見ていきましょう。

「明日には紅顔ありて夕べには白骨となる」の意味は?

「明日には紅顔ありて夕べには白骨となる」には、次のような意味があります。

1.この世のことはみなはかなくて定まることなく、人の生き死になどとうてい予測できないということ。

出典:用例でわかることわざ辞典(学研出版)「朝に紅顔ありて夕べには白骨となる」

「明日には紅顔ありて夕べには白骨となる」は「あしたにはこうがんありてゆうべにははっこつとなる」と読みます。ここで「明日」とは次の日を指すのではなく、「朝」という意味です。また、「朝」と書いて「あした」と読む書き方も存在します。

時間の流れを残酷だと感じたことのある方はいらっしゃるでしょうか。ふと気が付くと長い年月が経っていたり、久しぶりに再会した知人が大きく変わっていたりしたときなど、時間の流れによる変化を大きく意識することと思います。特に昨今の技術の進歩や文化の変遷は目まぐるしいものがあり、何が大事であるか考えさせられることでしょう。

このように世の中の儚さや無常さを感じた時などに「明日には紅顔ありて夕べには白骨となる」という言葉がつかえます。

「明日には紅顔ありて夕べには白骨となる」の語源は?

次に「明日には紅顔ありて夕べには白骨となる」の語源を確認しておきましょう。この言葉は「朝には健康そうな血色の良い顔をした人が、夕方には白骨となってしまう」ことから世の中の無常さや人の命の儚さを表します。

また、出典は浄土真宗の八世蓮如上人の「白骨」という御文です。これは宗派によって「白骨の御文章」「白骨の御勧章」「白骨の御文」と呼ばれ方が異なりますので注意しましょう。浄土真宗の葬儀でこの言葉を耳にしたことのある方も多いのではないでしょうか。

かく言う筆者もこの言葉との出会いは葬儀の場でした。心に身なりを写したように黒い穴が開いたような心地の中、この言葉を聞いた時には生きている人との関係についてちゃんと考えなければと気づかされたような気がします。

\次のページで「「明日には紅顔ありて夕べには白骨となる」の使い方・例文」を解説!/

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