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【ことわざ】「仏も昔は凡夫なり」の意味や使い方は?例文や類語を漢検準一級ライターがわかりやすく解説!

「仏も昔は凡夫なり」の使い方・例文

「仏も昔は凡夫なり」の使い方を例文を使って見ていきましょう。この言葉は、たとえば以下のように用いられます。

1.うちのバスケ部は抜きんでて強い選手がいるわけではないが、仏も昔は凡夫なりというように必死に練習すれば全国大会で優勝することも不可能ではない。
2.健太は勉強が得意ではないが、仏も昔は凡夫なりで、努力を怠らなければ日本の医療技術の発展に寄与できるほどの人材になれるだろう。
3.仏も昔は凡夫なりというように、仏様も苦行に耐え抜いて悟りを開いたのだから、立派な人間になれるよう僕自身も精一杯頑張ろう。

例文のように「仏も昔は凡夫なり」誰でも努力をすれば目標を達成できるという意味で使うことができます。例文1、2のように能力が高くなくてもやり方次第でどこまでも成長できるというニュアンスで前向きな意味を表すことができるだけでなく、例文3のように戒めのように用いて士気を高める目的で使うことも可能です。

現代では仏になるために努力をするというのは一般的ではないため、誰でも頑張れば立派になれるという広い意味合いで使うことがほとんどでしょう。

「仏も昔は凡夫なり」の類義語は?違いは?

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次に「仏も昔は凡夫なり」の類義語やその違いについて見ていきましょう。

その1「雨垂れ石を穿つ」

「雨垂れ石を穿つ」(あまだれいしをうがつ)努力を続けていればやがて成功できるという意味のことわざです。小さな雨粒であっても降り続けていればやがて石をも貫いてしまうことからこのような意味を表します。努力をすればやがて目標は達成できるというニュアンスが「仏も昔は凡夫なり」と非常に近いため類義語としてふさわしいでしょう。

\次のページで「その2「迷えば凡夫、悟れば仏」」を解説!/

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