平安時代日本史

平安時代の女性の役割とは?「落窪物語」から分かる貴族社会のリアルについて元大学教員が5分でわかりやすく解説

平安時代と言えば枕草子や源氏物語が有名です。その陰に隠れがちですが、ほかにも面白い作品が成立している。そのひとつが落窪物語。当時の貴族社会がリアルに分かる作品です。

それじゃあ、落窪物語とはどんな作品なのか、そこから分かる平安時代の文化などについて、日本史に詳しいライターひこすけと一緒に解説していくぞ

ライター/ひこすけ

アメリカの歴史や文化を専門とする元大学教員。平安時代のことにも興味があり、気になることがあったらちょくちょく調べている。落窪物語の作者は不明。だからこそ、どうして生まれたのか気になり、調べてみた。

落窪物語とはどんな古典?

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落窪物語の作者は未詳。成立は枕草子以前とされています。根拠は枕草子にその名と内容が記載されていること。おそらく10世紀後半には世に出回ったと推定されています。当時の貴族社会をリアルに描いた物語で、後世の御伽草子(おとぎ草子)に多大な影響を与えました。

落窪物語が成立した時代は一夫多妻制が当たり前

平安時代は一夫多妻があたりまえのことでした。そのため、継母と継子の物語は、この当時の人にとっては身近な問題。父親をめぐって母親同士が嫉妬で衝突する、父親の遺産相続でトラブルになる、そんな境遇によりいじめられ泣いていた子どもはたくさんいました。いっぽう、更級日記に見られるように、実の母子のように仲が良く、継母によって文学の芽を育てられた娘もいました。

落窪物語は継子いじめをテーマとしている唯一の長編小説。主人公は母親が皇族の出身で、高貴な血筋ですが、母が早くに亡くなってしまいます。しかしながら彼女には母方の後見がありませんでした。婿入り婚の時代、夫や子供の生活費を担うのは妻の家。現代の日本とは結婚のかたちがまったく違いました。そのため、母親の後見のない女子の経済力は皆無。継母に苛められることが多かったのです。

落窪物語は継母にいじめられる姫君の話

姫君の父親は中納言忠頼(ただより)。継母に虐待され、寝殿(しんでん・貴族の邸宅の母屋)の片隅の、落窪(おちくぼ)のなかで暮らしていました。落窪というのは、床が一段低くなっている部屋のことです。そのような境遇から、姫君は「落窪の君」という軽蔑的な名前で呼ばれていました。

父親は後妻の言いなり。彼女の見方になってくれたのは阿漕(あこぎ)という名の召使いだけでした。左近少将道頼(みちより)という貴公子が落窪の姫君の評判をききつけ心惹かます。ふたりを結び付けるため、阿漕はさまざまに手を貸してくれました。落窪の姫は脱走、二人は結ばれてヒロインは幸福になりました。でも、物語はここでは終わりません。

貴公子の夫が継母に対して仕返しを企画

夫である少将は愛する彼女のために継母に仕返しをすることに。夫となった道頼のキャラクターは、仕返しという内容ではあるものの、楽しく作られています。お坊ちゃん育ちで出生街道まっしぐら。ついには太政大臣の地位に就いた人物です。しかし、この時代には珍しく、落窪の姫君以外には妻を持たずに一夫一婦を貫きました。

道頼は妻となった姫を苛めた継母とその娘たちを許すことができず、さまざまな罠を仕掛け、幸せにならないように邪魔をします。また、本来は落窪の姫が相続すべきだった邸宅を奪回。しかしながら、心優しい姫君は夫をいさめ、夫も仕返しをやめました。そして、道頼は、今度は手のひらを返したように、継母一家に優しく接するようになります。

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