国語言葉の意味

【慣用句】「御百度を踏む」の意味や使い方は?例文や類語を元予備校校舎長がわかりやすく解説!

この記事では「御百度を踏む」について解説する。

端的に言えば御百度を踏むの意味は「何度もお参りに行く」ですが、もっと幅広い意味やニュアンスを理解すると、使いこなせるシーンが増えるぞ。

元大手予備校校舎長で国語指導歴が長く、現在は教育系専門ライターのみゆなを呼んです。一緒に「御百度を踏む」の意味や例文、類語などを見ていきます。

ライター/みゆな

元大手予備校校舎長、現在は教育系のライター。国語、特に現代文の指導経験が豊富。難解な言葉や表現を中高生がスラスラ理解できるように解説するのが大得意。

「御百度を踏む」の意味や語源・使い方まとめ

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「お百度を踏む」という慣用句は初めて知ったとしても、「お百度参り」は聞いたことがあるかもしれませんね。神仏にお参りする際の方法をあらわす言葉です。現代生活は神仏とのつながりは希薄になっていますが、それでも信仰は古来から日本人の根底に流れる大切な価値観でもあります。今回は「お百度を踏む」という言い回しの意味を正しく知り、語彙力をアップさせる機会としましょう。

それでは早速「御百度を踏む」の意味や語源・使い方を見ていきます。

「御百度を踏む」の意味は?

「御百度を踏む」には、次のような意味があります。

1.願い事がかなうように社寺に一〇〇度お参りをする。お百度を上げる。
2.頼み事を聞き入れてもらうために、同じ人や場所を何度も繰り返し訪ねる。

出典:デジタル大辞泉(小学館)「御百度を踏む」

「御百度を踏む」とは日本の民間信仰の1つで、願い事成就のために神社や仏閣に100回参拝することを指します。人々が願う内容というのは、多くが個人的な事情にもとづくものです。そのため1度や2度参拝しただけでは神仏には聞き入れてもらえないだろう、100回も行けばきっと願いが届くだろう、という思いから生まれたと言われています。

もともとは「百日詣(ひゃくにちもうで)」と言って、100日間連続で同じ寺社に参拝するというものでした。「百日詣」が簡素化され、1日に100回参拝すればよい、と形をかえたものが「御百度を踏む」なのですね。「百日参り」も同じ意味です。

歴史書『吾妻鑑』や日記『平戸記』にも記録があることから、鎌倉時代には成立していた風習だといわれています。

「御百度を踏む」の語源は?

「百回参拝する」という行為の意味が理解できたところで、「御百度を踏む」という言葉の由来を見てみましょう。

先に書いたように「御百度を踏む」は、本来100日連続で参拝すべきところ、1日に100回でOK!と簡略化されたものです。1日に1つの寺社を100回参拝する…、とはどのようにするということでしょう?

それは「寺社の入口から拝殿・本堂を100往復する」という形で行われました。自分の足で100回の道程を歩いたことから「踏む」という動詞が使われるようになったといわれています。

寺社によっては入口近くに、「百度石」といって回数を記録できる石柱が容易されていることがあり、人々はこれを使って何回往復したかを正確に把握したようです。たとえば小さな石などを100個百度石の前に置き、参道を通るたびに拝殿・本堂に1個ずつ持っていく、といった工夫ですね。昔の人の熱意が分かるエピソードです。

\次のページで「「御百度を踏む」の使い方・例文」を解説!/

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