

端的に言えば一層の事の意味は「むしろ」だが、もっと幅広い意味やニュアンスを理解すると、使いこなせるシーンが増えるぞ。
国立大で国語学を学んだライターのタケルを呼んだ。言葉の解説を得意としていて、大学時代はクイズサークルに所属していたので雑学にも詳しい。一緒に「一層の事」の意味や例文、類語などを見ていくぞ。

解説/桜木建二
「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

ライター/タケル
某国立大で日本語学を専攻。暑い日が続くと、一層の事坊主頭にしようかと考えることもある。が、周りの人々に驚かれそうなので、今一歩踏み切れない。
「一層の事」の意味は?
まずはじめに、辞書には本来の言い方である「一層の事」(いっそうのこと)では掲載されていないケースもあります。「一層の事」が変化した「いっその事」で探さないと、実際に辞書で調べられないこともありますので注意しなければなりません。
その「いっその事」には、次のような意味があります。
1.「いっそ1」に同じ。「どうせ負ける相手ならいっその事新人をぶつけて鍛えよう」
2.投げやりな気持ちになって、極端な事態になることを願望するさま。「いっその事焼けてなくなればいい」
出典:デジタル大辞泉(小学館)「いっその事」
文中に「いっそに同じ」とあります。念のため「いっそ」も見てみましょう。
1.中途半端な状態を排して思いきったことを選ぶときに用いる。とやかく言わないで。むしろ。いっそのこと。「そんな絵ならいっそ掛けないほうがましだ」
2.予想に反した事を述べるときに用いる。かえって。反対に。「近ごろは角帽をかぶった学生のほうがいっそ異様だ」
3.好ましいものをあきらめ、意に添わないことを選ぶときに用いる。どうせ。「一木もやどりのたよりならねば、—にぬれた袖笠」〈浮・一代男・一〉
4. まったく。たいそう。「大屋さんのおかみさんへ—追従(ついしょう)ばかりいって」〈滑・膝栗毛・発端〉
出典:デジタル大辞泉(小学館)「いっそ」
ここまで「いっその事」と「いっそ」の意味を辞書より抜粋しました。一見いろいろな意味があるようですが、中には現代ではあまり使わないものもあります。分かりやすく言えば、「一層の事」の意味は以下の2つに大別できるでしょう。
まずは「極端な事態になることを願望するさま」です。たとえば、もしもAというプランを実現させるまでにあと少しとなれば、Aダッシュとも言うべきプランAと似たものを選択することがほとんどでしょう。しかし、「一層の事」で選ぶのは、全くの別物であるプランBとなります。
2つ目が「予想に反した事を述べる」ときに使うものです。これも例えて言うのであれば、常識で考えればXであるのものをあえてYを選ぶという場面においては、「一層の事」という言葉でその状況を伝えます。
「一層の事」の使い方・例文
「一層の事」の使い方を例文を使って見ていきましょう。この言葉は、たとえば以下のように用いられます。
1.冷蔵庫で保存するくらいなら一層の事全部食べてしまおう。
2.どんなに努力しても今後レギュラーになれないんだったら、一層の事部活をやめようかと悩んでいる。
3.君が結婚式で友人代表としてスピーチしてくれなければ、一層の事来賓の挨拶とか両親への手紙の朗読とか全部なしにして、市役所に婚姻届だけ出しに行くほうがましだ。
例文1が「予想に反したするさま」の「一層の事」、例文2と3が「極端な事態を願望するさま」の「一層の事」です。しかし、例文1は「極端な事態を願望」している状況にも見えますので、2つの意味はそれほど離れているものとは言えないでしょう。
どの例文にも共通しているのは、「〜するくらいなら一層の事〜する(したほうがいい)」という形になっていることです。文章の前の部分で通常であれば考えられることなどを例示して、後ろに続く「〜したほうがまし」などといった話し手の願望へとつなぐために「一層の事」という言葉を使います。

「一層」は「むしろ、かえって」などといった意味の副詞として使われるだけではない。名詞としても使われるぞ。
たとえば、「この地層は岩と岩との間に火山灰の層が一層ある」と言うように、「ひとかさね」という意味があるな。「スポンジとクリームの間にジャムが一層挟まっている」などとも言うぞ。
その他にも、ビルなど数層にも重なっている建物のいちばん下も「一層」だ。いわゆる平屋の建物を「一層建物」と呼ぶこともあるな。逆に2階建て以上であれば「多層建物」などと呼ぶぞ。
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