
「脚光を浴びる」の使い方・例文
それでは「脚光を浴びる」の使い方を、実際の例文を使って見ていきましょう。この言葉は、たとえば以下のように用いられます。
1.主役が急きょ健康上の理由で降板し、彼女が代役として脚光を浴びるチャンスをつかんだ。
2.そのベストセラー小説はドラマになったうえ作品賞を受賞し、一躍脚光を浴びた。
3.先日の試合での活躍がきっかけとなり、世界的なサッカー選手として脚光を浴びることとなった。
例文1は、舞台に立つ、と言う意味で用いられている「脚光を浴びる」です。
例文2のように、人物ではなく、小説や絵画などの作品が多くの人に賞賛されたり注目されることにも「脚光を浴びる」を使うことが出来ます。
例文3は人物に対して用いられていますね。人が一躍注目を浴びたり、人気者になったりすることにも「脚光を浴びる」は良く使われます。
「喝采を博する」
「喝采を博する」は「かっさいをはくする」と読みます。
「喝采」とは、声を上げて褒めそやすことです。「博する」は自分の物とする、獲得する、と言う意味を持っています。つまり、「喝采を博する」とは、多くの人からの賞賛を得ることです。基本的には、歓声などの賞賛を受けることによく使われますが、実際に声をあげる喝采ではなく、世間から賞賛を受ける、大変な高評価を受けると言う意味で比喩的に用いられることも多くあります。この比喩的な表現として用いられた場合は「脚光を浴びる」の類義語と考えられるでしょう。
「ブームになる」
「ブームになる」は、よく使われる表現ですから、聞いた事があるでしょう。無意識に使っている英語ですが、日本語と英語では意味が違います。
英語本来の「Boom(ブーム)」は経済やビジネスに用いられる言葉で、好景気である、と言う意味の単語です。ですが、日本での「ブームになる」は、物事が急激に流行する、と言う意味ですね。急激に人気を得て、世間から注目を浴びると言う意味ですから「脚光を浴びる」の類義語と言えますね。「ブーム」が日本語と英語で意味が違う点もしっかり覚えておきましょう。
「鳴りを潜める」
「鳴りを潜める」は「なりをひそめる」と読みます。
「鳴り」は声や物音のことです。そして「潜める」は、静かになって目立たなくなる、と言う意味を持っています。ですから「鳴りを潜める」とは、音や声をたてず目立たないようにする、と言うことです。このことから、表立った活動をせずに静かにすることを表す慣用句として「鳴りを潜める」が使われるようになりました。自ら静かにしている、大人しくしている、と言う意味でも用いられますし、(不本意で)物事がふるわないので目立たなくなっている、と言う意味でも使われます。
「脚光を浴びる」が華々しく世間の注目を浴びることですから、大人しく目立たないと言う意味の「鳴りを潜める」は反対の意味に近いと言えるでしょう。
「日の目を見ない」
「日の目を見ない(ひのめをみない)」も、よく使われる表現ですね。意味は、人物や物事、作品が埋もれていて世の中に知られていないことです。
「日の目」は「陽の目」とも書きます。「日の目」とは、太陽の光やその明るさのことです。ですから「日の目を見ない」は、太陽の光が当たらない、陰ったままであると言うことですね。つまり「日の目を見ない」は、世間や人々から見られていない、評価されていない、と言うことを比喩しているのです。
「日の目を見る」と肯定系で、今まで埋もれていたものが世に知られ有名になる、と言う意味で用いる事もできます。
「脚光を浴びる」を使いこなそう
この記事では「脚光を浴びる」の意味・使い方・類語などを説明しました。
「脚光を浴びる」は、ニュースやドキュメンタリーなど、テレビ番組でも耳にする表現ですね。
「脚光」とは、舞台などで主役の足元を照らし、観客の注目を集めるための舞台装置のことでしたね。ですから「脚光を浴びる」と言うことは、主役のように世間から注目を集めると言うことなのです。そして、この言葉は、賞賛する意味合いがありますから、良い意味で使われます。悪いことをして世間の注目を集める、ということには用いる事はできませんから気をつけましょう。