この記事では、マウスを使った実験で確認された現象である「ブルース効果」について紹介していきたいと思う。

ブルース効果は、生命活動の中でも特に重要な”生殖”、”妊娠”に関連している現象です。半世紀以上前に発見されたのですが、近年この現象に関する新たな知見が得られてきている。非常に興味深い内容なので、ぜひ一読してみてくれ。

大学で生物学を学び、現在は講師としても活動しているオノヅカユウに解説してもらおう。

ライター/小野塚ユウ

生物学を中心に幅広く講義をする理系現役講師。大学時代の長い研究生活で得た知識をもとに日々奮闘中。「楽しくわかりやすい科学の授業」が目標。

ブルース効果とは?

ブルース効果は、1959年にイギリスの生物学者ヒルダ・ブルースによって発見された現象です。哺乳類…とくに妊娠したメスのマウスで確認されることがあります。

ブルース効果の内容を一言で説明するのは難しいので、まずは彼女の行った実験のお話をしましょう。

image by iStockphoto

ブルースの実験に使われたのは、実験動物としておなじみのマウスです。

ブルースは、実験のためメスのマウスとオスのマウスを同じケースで飼育していました。生物学や医学に携わる人であればおなじみですが、成熟したマウスは雌雄ともに飼育すると比較的すぐ交尾を行い、あっという間に妊娠、出産します。

ブルースの実験用ケージでも、交尾が確認され、メスのマウスが妊娠しました。

ここまでは何の変哲もない作業なのですが…ブルースはその後、交尾した相手のオスのマウスを取り除き、別の系統のオスのマウスと一緒に飼育したのです。

そうですね…系統というのは、血のつながりのようなものだと思ってください。別の系統のマウスということは、はじめの交尾相手となったオスのマウスとはまったく血縁関係にないマウスだということになります。

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約20日のマウスの妊娠期間。普通であれば、妊娠したマウスはあっという間に出産する時期に入るのですが、ブルースはあることに気付きます。はじめの交尾相手ではないオスのマウスと一緒に飼育していたメスのマウスは、通常よりも流産する確率が高いのです。

流産してしまったメスマウスはしばらくすると、はじめの交尾の相手ではない、後から同じケースで飼育されているオスマウスと再度交尾を行います。そして、また新たに妊娠するんです。

そういうことになりますね。

このマウスの実験で見られたように、「交尾後(妊娠中)のメスを、交尾相手ではない別のオスと同居させる(曝露する)と、妊娠が中断される」という現象が、ブルース効果とよばれています。

image by Study-Z編集部

ブルースの研究のあと、他の研究者たちも追随し、ブルース効果はより詳しく研究されました。妊娠の中断は、受精卵(胚)の着床前でも着床後でも生じることや、他の種類のネズミの仲間でも同じような実験結果が出ること、別系統のオスマウスの尿に曝露させても同様の効果が表れること、などが分かったのです。

しかしながら、その原因やメカニズムは長い間未解明となっていました。

\次のページで「ブルース効果を引き起こす原因の一つは”フェロモン”」を解説!/

それがですね、つい最近、ブルース効果を引き起こす原因と考えられる物質の一つが見つかったのです!せっかくですので、簡単に内容を紹介させていただきたいと思います。

2017年に発表された、東京大学や麻布大学がつくる研究グループの成果です。以下にご紹介する研究成果・情報は、次の論文を参考にしています。

Hattori T., Osakada T., Masaoka T., Ooyama R., Horio N., Mogi K., Nagasawa M., Haga-Yamanaka S., Touhara K., Kikusui T. Exocrine Gland-Secreting Peptide 1 Is a Key Chemosensory Signal Responsible for the Bruce Effect in Mice. Current Biology. 2017;27:3197–3201.e3. doi: 10.1016/j.cub.2017.09.013.

ブルース効果を引き起こす原因の一つは”フェロモン”

結論からいうと、ブルース効果を引き起こす原因物質として特定されたのはESP1とよばれる分子でした。

ESP1はオスのマウスが体から分泌する物質。はじめに出会ったオスと交尾を終えていたメスのマウスが、はじめのオスとはESP1の分泌量が異なるオス(異なる系統のオスマウス)と出会うと、ブルース効果が引き起こされるということが分かったのです。

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妊娠したマウスをESP1に曝露すると、そのマウスの体内ではプロラクチンというホルモンの分泌量増加が抑えられるということも分かったのです。

プロラクチンは、受精卵の着床が起きるときに分泌量が増加するホルモンで、妊娠から出産の過程に重要な役割を担っています。この変化が、マウスの妊娠中断に影響しているのでしょう。

ただし、ESP1以外の要因がブルース効果に関わっている可能性も考えられます。あくまでESP1は「原因の”一つ”」と言及されているようです。

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ちなみに、このESP1のように生物の体から分泌され、同種の別個体に何らかの影響を与えるような物質はフェロモンとよばれます。

フェロモンは色々な動物で発見されており、特に昆虫などの分野で研究が盛んです。仲間を集めたり、助けを求めるなど、仲間同士での情報伝達にも使われています。哺乳類でも多様なフェロモンが見つかっていますが、「相手を流産させる」という劇的な効果を発揮するESP1は、かなり特殊な存在といってよいでしょう。

\次のページで「まだ謎の多い”ブルース効果”」を解説!/

まだ謎の多い”ブルース効果”

原因の一つが解明されたブルース効果ですが、まだ謎が残されている部分もあります。例えば、ブルース効果が確認されている動物の種数はそれほど多くなく、ネズミの仲間が中心です。また、ブルース効果は実験室内での飼育では見られますが、自然界では観察されない現象なのだともいわれています。

そもそもなぜこのような現象があるのか、本当に自然界では起きない現象なのか…まだまだ研究の余地があるテーマだといってよいでしょう。

イラスト使用元:いらすとや

" /> 「ブルース効果」って知ってる?生殖にかかわる現象を現役講師がわかりやすく解説します – Study-Z
理科生物細胞・生殖・遺伝

「ブルース効果」って知ってる?生殖にかかわる現象を現役講師がわかりやすく解説します

この記事では、マウスを使った実験で確認された現象である「ブルース効果」について紹介していきたいと思う。

ブルース効果は、生命活動の中でも特に重要な”生殖”、”妊娠”に関連している現象です。半世紀以上前に発見されたのですが、近年この現象に関する新たな知見が得られてきている。非常に興味深い内容なので、ぜひ一読してみてくれ。

大学で生物学を学び、現在は講師としても活動しているオノヅカユウに解説してもらおう。

ライター/小野塚ユウ

生物学を中心に幅広く講義をする理系現役講師。大学時代の長い研究生活で得た知識をもとに日々奮闘中。「楽しくわかりやすい科学の授業」が目標。

ブルース効果とは?

ブルース効果は、1959年にイギリスの生物学者ヒルダ・ブルースによって発見された現象です。哺乳類…とくに妊娠したメスのマウスで確認されることがあります。

ブルース効果の内容を一言で説明するのは難しいので、まずは彼女の行った実験のお話をしましょう。

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ブルースの実験に使われたのは、実験動物としておなじみのマウスです。

ブルースは、実験のためメスのマウスとオスのマウスを同じケースで飼育していました。生物学や医学に携わる人であればおなじみですが、成熟したマウスは雌雄ともに飼育すると比較的すぐ交尾を行い、あっという間に妊娠、出産します。

ブルースの実験用ケージでも、交尾が確認され、メスのマウスが妊娠しました。

ここまでは何の変哲もない作業なのですが…ブルースはその後、交尾した相手のオスのマウスを取り除き、別の系統のオスのマウスと一緒に飼育したのです。

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