今回は「中立進化論」をテーマに学習していこう。

中立進化論は”生物の進化”という現象を説明する理論の一つです。多くの生物学者が支持している理論ですが、その内容を調べてもなかなか理解するのが難しい。今回はなるべくわかりやすく、簡単にこの中立進化論の概要を見ていきたい。

大学で生物学を学び、現在は講師としても活動しているオノヅカユウに解説してもらおう。

ライター/小野塚ユウ

生物学を中心に幅広く講義をする理系現役講師。大学時代の長い研究生活で得た知識をもとに日々奮闘中。「楽しくわかりやすい科学の授業」が目標。

中立進化論とは

中立進化論(ちゅうりつしんかろん)は、「DNAやタンパク質といった分子レベルでの変化は、自然選択に対して有利でも不利でもなく”中立”に起こり、それが進化の原動力となる」ということを述べた理論です。

1968年に日本人の木村資生(きむらもとお)が提唱したほか、多数の科学者によっても支持されています。

ただ単に中立説(ちゅうりつせつ)などと呼ばれることも多いですね。

そうなんですよね。インターネットでこの用語を検索すると、上記のような説明が出てくるのですが…進化論や分子生物学にあまり詳しくない人にとっては、よくわからない説明かもしれません。

この中立進化論についてもう少し丁寧に説明していきましょう。

中立進化論が誕生するまで

中立進化論の誕生についてご紹介します。

1.ダーウィンの進化論

まず、みなさんは”進化論”というとどんな研究者を思い浮かべますか?

\次のページで「2.分子生物学の登場」を解説!/

はい、チャールズ・ダーウィンは、おそらく一番有名な進化論者でしょうね。ダーウィンは1838年に自然選択説という進化の仮説にたどり着き、1859年に主張をまとめた『種の起源』を発表しました。

自然選択説というのは、有利な形質をもつものが生き残り、次世代にその形質が伝わる(遺伝する)ことで、生物が進化していくという考え方です。”形質”というのは、色や形、性質といった生物の特徴のことだとお考え下さい。

同じ種であっても、それぞれの個体は全く同じクローンのような存在ではなく、多かれ少なかれ違い(変異)がみられます。人間でも背の高い人や低い人、髪の色、肌の色…色々なところに違いがありますよね。

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From: H.F. Helmolt (ed.): History of the World. New York, 1901. Copied from University of Texas Portrait Gallery., パブリック・ドメイン, リンクによる

とくに自然界では、個体間の形質の差が生存確率に影響を及ぼす可能性があります。

例えば、同じ種類の鳥でも虫を捕まえやすいクチバシをもっている個体が生まれたなら、その個体は他のものよりたくさんエサを食べられて、より健康で長生きし…よりたくさんの子孫を残すことができる可能性があるでしょう。

その繰り返しによって、新たな形のクチバシをもった集団(新しい種)が誕生する、というのが自然選択説的な考え方です。

image by iStockphoto

反対に、生存や生殖に不利な形質をもった個体は、その遺伝情報を後世に残すことが難しく、自然淘汰されてしまうでしょう。このように、形質の有利・不利が進化の原動力になったと考えるのが、ダーウィンの進化論の基本です。

このようなダーウィンの進化論や自然選択説は、多くの人々に衝撃をあたえました。生物の進化という現象や、多様な生物たちそのものへの見方を劇的に変化させたのです。

2.分子生物学の登場

さて、ダーウィンの説が一般的になり、進化論が広く受け入れられるようになった時代から、すこし時間をすすめましょう。

1900年代の半ば頃、生物学は新たな転換期を迎えていました。タンパク質やDNAといった、分子のレベルで生物を解き明かそうとする分子生物学の登場です。

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生物のもつ遺伝情報がDNAに存在することが突き止められ、1953年にはワトソンとクリックによってDNAの二重らせん構造が解明されました。DNAを取り出したり、増やしたり、その塩基配列を調べたり…といった技術がどんどん登場します。

分子生物学の知識やテクニックは、進化学にも波及しました。それぞれの生物がもつDNAの塩基配列やタンパク質を比較することで、生物間の進化の道筋を探る手法がうまれたのです。

中立進化説を唱える科学者たちは、DNAの塩基配列やタンパク質の変化の多くは「生存に有利でも不利でもない”中立”な変化である」という点に注目しました。

まずそもそも、DNAの塩基配列はそのすべてが遺伝子として働いているわけではありません。ヒトの場合、全塩基配列の内のわずか数%が遺伝子であり、それ以外は遺伝子ではない部分なんです。多少の塩基配列の変異があっても、それは生命にとって有利にも不利にもならない、”中立”なものであることが多いといいます。

また、遺伝子部分の塩基配列の変異であっても、その結果生じるアミノ酸配列や最終的なタンパク質のつくりや機能には影響を与えないことも少ないのです。

もちろん、遺伝子部分で変異が起き、それが有利、もしくは不利な形質となって表れることもあるでしょうが…それ以上に”中立”な変異がたくさん起きているんですね。

変異によって生存に不利な形質が生じてしまうのであれば、その個体は生き延びることができないかもしれません。その一方で、”中立”な変異であれば、個体の生存にほとんど影響も及ぼさないでしょう。そのような変異は、”運が良ければ”子孫に引き継がれ、集団全体に残って(固定されて)いきます(遺伝的浮動)。

そのような、「”中立”な変異が積み重なることが、分子レベルでの進化の原動力となっている」と考えるのが中立進化論なのです。

\次のページで「新旧の考え方を両立させるということ」を解説!/

image by Study-Z編集部

自然選択説が広く受け入れられていた中で、このような中立進化論は登場しました。

ダーウィンの考え方では、「有利な変化(形質)」をした個体が生き残るとみなしていましたよね。進化論の王道とされていたダーウィンの説とは異なるような中立進化論には当初反対意見も多く、激しい論争が続きました。

ですが、実際に中立進化論を支持するような研究成果や、中立進化論であれば矛盾なく説明できるような事実が見つかるようになり、有力な学説とみなされるようになっていったのです。

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もっとも、この中立進化論はダーウィンの自然選択説を否定するものではありません。中立進化論のいうような「(分子レベルの)”中立”な変化の積み重ね」も、自然選択説で重要視される「(表現型レベルの)有利な形質」も、どちらも進化の要因となると考えられています。

新旧の考え方を両立させるということ

分子生物学の登場により、それまで表面的にしかとらえられなかった形質の差が、分子レベルで解明されるようになりました。進化の研究だけでなく、分類学や生理学など、生物学のあらゆるジャンルで大革命が起き、今では当たり前のように分子レベルでの研究が行われています。

ですが、分子の世界観だけで生物をとらえることだけが生物学ではありません。生物を大きな視点でとらえることも、相変わらず重要なのです。中立進化論と自然選択説が両立できるように、新旧の手法や考え方をうまくミックスさせることも、奥深い生物学の研究の中では必要になってくるといえるでしょう。

イラスト使用元:いらすとや

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理科生物生物の分類・進化

進化論の一つ「中立進化論」とは?ダーウィンとの関係は?現役講師がわかりやすく解説します

今回は「中立進化論」をテーマに学習していこう。

中立進化論は”生物の進化”という現象を説明する理論の一つです。多くの生物学者が支持している理論ですが、その内容を調べてもなかなか理解するのが難しい。今回はなるべくわかりやすく、簡単にこの中立進化論の概要を見ていきたい。

大学で生物学を学び、現在は講師としても活動しているオノヅカユウに解説してもらおう。

ライター/小野塚ユウ

生物学を中心に幅広く講義をする理系現役講師。大学時代の長い研究生活で得た知識をもとに日々奮闘中。「楽しくわかりやすい科学の授業」が目標。

中立進化論とは

中立進化論(ちゅうりつしんかろん)は、「DNAやタンパク質といった分子レベルでの変化は、自然選択に対して有利でも不利でもなく”中立”に起こり、それが進化の原動力となる」ということを述べた理論です。

1968年に日本人の木村資生(きむらもとお)が提唱したほか、多数の科学者によっても支持されています。

ただ単に中立説(ちゅうりつせつ)などと呼ばれることも多いですね。

そうなんですよね。インターネットでこの用語を検索すると、上記のような説明が出てくるのですが…進化論や分子生物学にあまり詳しくない人にとっては、よくわからない説明かもしれません。

この中立進化論についてもう少し丁寧に説明していきましょう。

中立進化論が誕生するまで

中立進化論の誕生についてご紹介します。

1.ダーウィンの進化論

まず、みなさんは”進化論”というとどんな研究者を思い浮かべますか?

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