ゾロアスターを開祖とする宗教で、火を神聖なものととらえるのがゾロアスター教。現在のイランを中心に勢力を拡大させたが、イスラム教の力が増すとともに衰えていった。それでも現在、イランやインドを中心に信奉している人々がいる。なかでも有名なゾロアスタ―教の信者がクイーンのボーカルのフレディ・マーキュリーの家族。映画「ボヘミアン・ラプソディー」では、ゾロアスター教の厳格性に反発するフレディの姿が描かれている。

現在の日本では馴染みが薄いので、どんな宗教か分からない人も多いでしょう。そこで、ゾロアスター教の歴史と教義について、世界史に詳しいライターひこすけと一緒に解説していきます。

ライター/ひこすけ

アメリカの文化や歴史を専門とする元大学教員。今は気になったことをきままに調べている。フレディ・マーキュリーの人生を描いた「ボヘミアン・ラプソディー」を観て、ゾロアスター教に興味を持った。世界史で習ったものの、実際はどのような宗教なのかはまったくの無知。そこで、ゾロアスター教の歴史や教義を調べてみた。

ゾロアスター教はイラン発祥の多神教

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ゾロアスター教は、イラン高原に住んでいた古代のアーリア人が信仰していた古代ペルシアに由来する宗教。「アヴェスター」と呼ばれる書物を聖典としています。宗教のジャンルは多神教。ミスラやヴァーユをはじめとする多様な神を信仰してしました。そのため一神教のキリスト教と対照的な位置にあります。

ゾロアスター教のルーツ

ゾロアスター教のルーツはイランやインドの神話に由来する様々な神です。イラン神話に登場する英雄的な神がミスラ。西アジアからギリシア・ローマまでおよぶ広い範囲で崇められていました。インドの神話に由来する風の神がヴァーユ。これらの多神教をもとに、ザラスシュトラが創設したのがゾロアスター教の原型です。

ゾロアスタ―教の勢力の大きさについてはさまざまな意見があり明確ではありません。アケメネス朝ペルシア時代、ほとんどのペルシア人がゾロアスター教を信仰していたという見方もあります。その一方、アーリア人が信仰していた複数の宗教のひとつで、それほど大きな力を持っていなかったという見方もありました。

ゾロアスター教が信奉するのは火

ゾロアスター教が尊ぶのは火。光は善のシンボルであるという考えからです。そこで別名で拝火教とも言われました。このような信仰携帯から、ゾロアスター教のすべての神殿には、ザラスシュトラが点火した火がずっと灯されており、信仰している人々はそれを拝みます。

ゾロアスター教にとって火とは、善すなわち清浄・正義・真理を象徴すると考えられてきました。このように火を信仰する宗教はゾロアスター教よりも前にありました。たとえばヴェーダ宗教。火の神であるアグニが火を通じて人間の祈りを天に届けると信じられていました。このような火の信仰はヒンドゥー教や密教に影響を与え、火をまつる儀式を定着させました。

ゾロアスター教の聖典「アヴェスター」とは?

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聖典とは、神、信仰の対象、成人などの言葉やふるまいが書かれたもの。あるいは、信仰の基礎となる教えが書かれていることもあります。世界にはさまざまな宗教があり、それぞれ独自の聖典がありますが、ゾロアスター教の聖典は独特な経緯を経て成立しました。

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独自の言語で書かれている「アヴェスター」

「アヴェスター」はインド・イラン語派の方言で記述されたゾロアスター教の聖典です。この言語は、紀元前1000年ころにイランの北東部で話されていたと言われていますが、詳細は分かっていません。インド・イラン語派の方言は「アヴェスター」のほかに使われている事例がないからです。

「アヴェスター」は、アレクサンドロス大王が前330年にアケメネス朝を滅ぼしたことで消えてしまいました。それからしばらくして、サーサーン朝が成立した3世紀ころに再編纂。それが現在に継承されています。長い間、言語ではなく口承により伝わり、6世紀ころにアヴェスター文字で記されたと言われてきました。

キリスト教に対抗するために聖典化

「アヴェスター」は、もともと「聖書」のように信徒のあいだで聖典として認識されていませんでした。「アヴェスター」はゾロアスター教の開祖であるザラスシュトラの時代に書かれた宗教性のある逸話を集めたもの。教義を体系的に語る聖典という認識はなく、都から離れるとその存在を知るものはいませんでした。

そのような「アヴェスター」が聖典とされたのは、キリスト教、仏教、マニ教に対抗するため。それらは明確な教義を持っており、それを習う必要があったからです。そこでサーサーン朝の時期に、さまざまな文字を混ぜ合わせて新たにアヴェスター文字をつくり、「アヴェスター」を書籍にすることが試みられました。

イランからインドに拠点を移したゾロアスター教

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イスラム教徒から迫害されたことでゾロアスター教徒はイランのエリアで宗教活動をすることが難しくなりました。そこでイランからインドに拠点を移して活動するようになります。それによりインド経済に入り込むようになりました。

アラブ人イスラム教徒の勢力の拡大

イスラム教徒のアラブ人の支配によりゾロアスター教は7世紀後半から勢力が弱まります。そこで活動の拠点をイランからインドに移しました。それから時を経て17世紀、インドに進出したイギリス東インド会社とインドのゾロアスター教徒の関係が深まります。その結果、インド経済で一定の力を発揮するようになりました。

インドのゾロアスター教徒の聖地はイラン中部のヤズドの近くにあるチャクチャク。ゾロアスター教にとって迫害の歴史のシンボルでもあります。サーサーン朝の最後の王であるヤズデギルド3世の娘の名前がニークバーヌー。イスラム教徒に制圧される前のペルシアに侵攻したアラビア軍に、彼女が追い詰められた場所と伝えられています。

ゾロアスター教信者が多数いるインド

サーサーン朝が滅びるとイランのゾロアスター教徒の一部がインドに逃れます。そのため現在でもインドはゾロアスター教信者の数のもっとも多い国。今でもムンバイにはゾロアスター教の拠点があり、開祖であるザラスシュトラが点火した炎が燃え続けています。

インドにおけるゾロアスター教徒の呼び名はパールシー。ペルシャ人を意味する言葉です。ムンバイなどにある複数の寺院を拠点にパールシーの集団を形成。パールシーは、少数派ではあるものの富裕層が多く、政治的・経済的に力を持っている人も少なくありません。

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ゾロアスター教は儀式を重んじる宗教

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ゾロスター教は教義以上に儀式を重んじる宗教的な集団です。ゾロアスター教でもっとも重要な儀式とされるのがジャシャン。子供のころから儀式に参加し、ゾロアスター教徒としての基礎を教えられます。

もっとも重要な儀式がジャシャン

「感謝の儀式」とも呼ばれるジャシャン。あらゆる世界に平和と秩序をもたらす儀式と位置づけられています。この儀式に参加することで感謝の気持ちを捧げました。ゾロアスター教の祭司の正装は白。伝統的な帽子をかぶり、白いマスクをつけます。それは神聖なる火を汚さないため。清浄さを徹底的に求められました。

ゾロアスター教の入信の儀式は7歳から12歳ころまでにかけて行われます。それはナオジョテと呼ばれました。純潔をあらわすために、真っ白な紐と肌着をつけて臨みます。儀式の意味を理解することも求められ、それを理解できないと判断されたら、15歳まで延期できるとされました。

ゾロアスター教の葬式は鳥葬

ゾロアスター教の葬式は鳥葬。今の感覚からすると驚くような葬式ですが、砂漠がある乾燥した気候のイランでは合理的でした。しかしながらイスラム教徒に制圧されてからは鳥葬が難しくなります。そこで、ダグマと呼ばれる「沈黙の塔」を建立。塔のうえから遺体を入れて外から見えない状態にして野生動物に食べさせました。

ヨーロッパ人との交流が深まるにつれて鳥葬は野蛮と見なされるようになります。そのためゾロアスター教徒のなかでも鳥葬が継承されなくなりました。さらに1960年代になるとゾロアスター教の発祥の地であるイランでは鳥葬が禁止。それからは欧米と同じように土葬されるようになりました。

ゾロアスター教にかかわる著名人

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By Denis Bourez from France - Madame Tussauds, London Uploaded by SunOfErat, CC BY 2.0, Link

ゾロアスター教に関わる有名人は、経済界や芸能界に多くありませんが、少なからず存在します。もっとも有名なのがイギリスのロックバンドのクイーンのボーカルであったフレディ・マーキュリー。ゾロアスター教徒の関わりが、彼の生涯を描いた映画「ボヘミアン・ラプソディー」にて知られることになりました。

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パールシーの家庭に生まれたフレディ・マーキュリー

フレディ・マーキュリーは、インドにおけるゾロアスター教、いわゆるパールシーの両親のもと生まれました。誕生したのはインドではなく、アフリカのザンジバル島。この島は東アフリカのタンザニア連合共和国に属していますが、当時はイギリスの保護国でした。第二次世界大戦が終わった1年後の1946年にフレディは産声をあげます。

現在のザンジバル島にはフレディ・マーキュリーファンの聖地である彼の生家「マーキュリー・ハウス」が残存。フレディが生れたときの名前はファルーク・バルサラ。母親のジャーが、ゾロアスター教徒の寺院にフレディを連れて行き、礼拝させていたと言われています。そのあと家族はインドに移住。フレディは小さいころをインドで過ごしました。

パールシーであることを嫌がるフレディ・マーキュリー

フレディ・マーキュリーの父親であるボミ・バルサラ氏は、母親と同じく熱心なゾロアスター教徒。男の子の誕生は特別なものであるため、フレディが生れたことをとても喜んだと言われています。そのため映画のなかでも父親は、たびたびフレディにゾロアスター教の教えを説いていました。

フレディが亡くなったあと、彼の葬儀はロンドンにあるケンザル・グリーン霊園でおこなわれました。参列者したのはほんの一部。ゾロアスター教の習わしに従って行われたと言われていますが詳細は分かっていません。参列したのは、家族、恋人、クイーンメンバー、エルトン・ジョン、近親者や友人など。大スターの葬式であるにもかかわらず35名にとどまりました。

ゾロアスター教は将来は滅びゆく宗教?

ゾロアスター教の拠点があるインドのパールシーの人口は減少の一途をたどっています。1941年には11万4千人いたようでした、2011年の国勢調査では、5万7千人となっていることが分かりました。ここから将来は衰退する、あるいは消滅するのではないかとも言われています。ゾロアスター教のの教義は厳格て排他的。私たちが身近にゾロアスター教と接することは多くはありません。信者が減少しているにも関わらず、閉鎖的なコミュニティーを守り続ける人々に、ぜひ興味を持ってみてください。

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世界史中東の歴史

火を崇拝する宗教「ゾロアスター教」の歴史と教義について元大学教員が5分でわかりやすく解説

ゾロアスターを開祖とする宗教で、火を神聖なものととらえるのがゾロアスター教。現在のイランを中心に勢力を拡大させたが、イスラム教の力が増すとともに衰えていった。それでも現在、イランやインドを中心に信奉している人々がいる。なかでも有名なゾロアスタ―教の信者がクイーンのボーカルのフレディ・マーキュリーの家族。映画「ボヘミアン・ラプソディー」では、ゾロアスター教の厳格性に反発するフレディの姿が描かれている。

現在の日本では馴染みが薄いので、どんな宗教か分からない人も多いでしょう。そこで、ゾロアスター教の歴史と教義について、世界史に詳しいライターひこすけと一緒に解説していきます。

ライター/ひこすけ

アメリカの文化や歴史を専門とする元大学教員。今は気になったことをきままに調べている。フレディ・マーキュリーの人生を描いた「ボヘミアン・ラプソディー」を観て、ゾロアスター教に興味を持った。世界史で習ったものの、実際はどのような宗教なのかはまったくの無知。そこで、ゾロアスター教の歴史や教義を調べてみた。

ゾロアスター教はイラン発祥の多神教

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ゾロアスター教は、イラン高原に住んでいた古代のアーリア人が信仰していた古代ペルシアに由来する宗教。「アヴェスター」と呼ばれる書物を聖典としています。宗教のジャンルは多神教。ミスラやヴァーユをはじめとする多様な神を信仰してしました。そのため一神教のキリスト教と対照的な位置にあります。

ゾロアスター教のルーツ

ゾロアスター教のルーツはイランやインドの神話に由来する様々な神です。イラン神話に登場する英雄的な神がミスラ。西アジアからギリシア・ローマまでおよぶ広い範囲で崇められていました。インドの神話に由来する風の神がヴァーユ。これらの多神教をもとに、ザラスシュトラが創設したのがゾロアスター教の原型です。

ゾロアスタ―教の勢力の大きさについてはさまざまな意見があり明確ではありません。アケメネス朝ペルシア時代、ほとんどのペルシア人がゾロアスター教を信仰していたという見方もあります。その一方、アーリア人が信仰していた複数の宗教のひとつで、それほど大きな力を持っていなかったという見方もありました。

ゾロアスター教が信奉するのは火

ゾロアスター教が尊ぶのは火。光は善のシンボルであるという考えからです。そこで別名で拝火教とも言われました。このような信仰携帯から、ゾロアスター教のすべての神殿には、ザラスシュトラが点火した火がずっと灯されており、信仰している人々はそれを拝みます。

ゾロアスター教にとって火とは、善すなわち清浄・正義・真理を象徴すると考えられてきました。このように火を信仰する宗教はゾロアスター教よりも前にありました。たとえばヴェーダ宗教。火の神であるアグニが火を通じて人間の祈りを天に届けると信じられていました。このような火の信仰はヒンドゥー教や密教に影響を与え、火をまつる儀式を定着させました。

ゾロアスター教の聖典「アヴェスター」とは?

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聖典とは、神、信仰の対象、成人などの言葉やふるまいが書かれたもの。あるいは、信仰の基礎となる教えが書かれていることもあります。世界にはさまざまな宗教があり、それぞれ独自の聖典がありますが、ゾロアスター教の聖典は独特な経緯を経て成立しました。

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