
端的に言えば遣らずの雨は「ひきとめるように降る雨」という意味ですが、もっと幅広い意味やニュアンスを理解すると、使いこなせるシーンが増えるぞ。
情報誌系のライターを10年経験した柊 雅子を呼んです。一緒に「遣らずの雨」の意味や例文、類語などを見ていきます。
ライター/柊 雅子
静かに降る雨の音を聞きながら、「日本語は美しい」と思う柊 雅子が慣用句「遣らずの雨」について解説する。
「遣らずの雨」の意味は?
「遣らずの雨」には、次のような意味があります。
1.帰ろうとする人をひきとめるかのように降ってくる雨。
出典:デジタル大辞泉(小学館)「遣らずの雨」
「氷雨(ひさめ)」「五月雨(さみだれ)」「山茶花梅雨(さざんかづゆ)」…日本語には雨を表現する言葉がたくさんありますね。
雨に関する言葉が多いということはそれだけ雨の降り方が多様だということ。そして日本人が自然に対して細やかな感覚をもっているということを表していると言えます。どれだけ雨の降り方が多様でも、それに気付かなければこれだけの言葉や表現は生まれないものです。
鳴る神の 少しとよみて さし曇り 雨も降らぬか 君を留めむ
この歌は万葉集に収められている作者未詳の歌。解釈は「雷が少し鳴って曇り、雨でも降らないものか。そうすればあなたを(この場に)ひきとめておくことができるのに」。この歌はまさに「遣らずの雨」を表現したものですね。
「遣らずの雨」とは「帰ろうとする人をひきとめるかのように降ってくる雨」のこと。「そんな雨が降らないかなぁ。そうすれば『もう少し雨が止むまでここにいらっしゃれば…あなたをひきとめられるのに』という「好きな人と少しでも長く一緒にいたい」という切ない恋心が表現された歌ですね。
「遣らずの雨」の語源は?
次に「遣らずの雨」の語源を確認しておきましょう。
「遣らずの雨」は動詞「遣る」の未然形に否定の助動詞が付いたもの。「遣る」には「行かせる」「出発させる」という意味があります。時代劇等の台詞でよく使われる「〇〇に使いをやったから…」は「〇〇に使いを行かせたから…」という意味です。
その「遣る」の否定形は「行かせない」「出発させない」という意味になりますね。「遣らずの雨」は「行かせない、出発させないように降る雨」。そこから「帰ろうとする人をひきとめるかのように降ってくる雨」という意味になる訳です。
「遣らずの雨」の使い方・例文
「遣らずの雨」の使い方を例文を使って見ていきましょう。この言葉は、たとえば以下のように用いられます。
1.還暦を機に大学時代の仲間が集まった。男性陣も女性陣も孫の話で盛り上がり、皆で「お互い、じぃじ、ばぁばになった」と笑いあった。解散の時刻が近づいた頃に聞こえてきた雨だれの音に、誰かか「遣らずの雨だねぇ」と呟いた。
2.雨の音を聞きながら、「遣らずの雨…という訳にはいかないわねぇ」と彼女が言うと、遠く北国にある単身赴任先へ戻る夫は「そうだなぁ。最終の新幹線に乗らないと明日の仕事に間に合わないから。…また、今度の週末に帰って来るからね」と、幼い息子の寝顔を見ながら言った。
3.日暮時の鐘が鳴る清水寺の方向を見ながら、「雨が降り出しましたなぁ。これでは足元も悪ぅなりますし…お着物も濡れはります。直ぐに止みそうにもあらしまへんしなぁ…」と、彼女は言った。蛇の目を貸そうとは言わない。「この雨は遣らずの雨だ、ということか…」と、彼は思った。
例文1:久しぶりに会った友人たちと話すのは楽しいもの。いくら時間があっても足らないような気持ちになります。別れが近づいた頃に聞こえてきた雨音は「確かに遣らずの雨だ」と皆が思ったことでしょう。
例文2:単身赴任先から帰ってきたお父さんとその家族はとても楽しい大切な時間を週末に過ごしたはず。しかし、楽しければ楽しい程、別れる時は寂しくなります。この文章には「無理だとはわかっているけれど…遣らずの雨になったらいいのに…」という家族の気持ちが表れていますね。
例文3:彼女の言葉ははっきり言えば「帰らんといて。傍に居て」。しかし彼女は「足元が悪い、着物が濡れる」と雨の話をするばかり。その話を聞きながら、彼は考えます。蛇の目とは蛇の目傘のことで、「この雨では傘がないと帰れない。『傘を貸す』と言わないということは『帰るな』とひきとめているということか」と。ここには情緒豊かなオトナの男女のしっとりとした雰囲気が漂っています。
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