この記事では「海の物とも山の物ともつかぬ」について解説する。

端的に言えば海の物とも山の物ともつかぬの意味は「実際にどのようなものかわからない、得体のしれないもの」ですが、もっと幅広い意味やニュアンスを理解すると、使いこなせるシーンが増えるぞ。

放送局の制作現場で10年の経験を積んだsinpeito88を呼んです。一緒に「海の物とも山の物ともつかぬ」の意味や例文、類語などを見ていきます。

ライター/sinpeito88

放送局の現場で10年間、ニュース原稿などを日々執筆。より正確な情報を届けられるよう言葉の探求を続けている。

「海の物とも山の物ともつかぬ」の意味や語源・使い方まとめ

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それでは早速「海の物とも山の物ともつかぬ」の意味や語源・使い方を見ていきましょう。この言葉の読みは「うみのものともやまのものともつかぬ」です。「海の物とも山の物ともつかない」を文語的に表現したものですので、意味や語源、使い方については「海の物とも山の物ともつかない」に準じて解説をしていきます。

「海の物とも山の物ともつかぬ」の意味は?

「海の物とも山の物ともつかぬ」には、次のような意味があります。

物事の正体・本質がつかめず、将来どうなっていくか見当のつかないたとえ。海とも山とも知れず。

出典:デジタル大辞泉(小学館)「海の物とも山の物ともつかない」

「海の物とも山の物ともつかぬ」は「物事の正体・本質がつかめず、将来どうなっていくか見当のつかないたとえ」となります。実際にどういうものなのかが判別しにくいものに対して使われる言葉です。また、分からないがゆえに将来的にどうなっていくのかの予測さえもたたないということになります。物体だけではなく人物などにも使うことができますが、「わからないもの」という点ではネガティブですが、将来像や結果までネガティブだということは断言していません。例えば、始まったばかりの事業や、創設されたばかりの学校、入ってきたばかりの社員などを指して使われることがあります。

「海の物とも山の物ともつかぬ」の語源は?

次に「海の物とも山の物ともつかぬ」の語源を確認しておきましょう。物や人のルーツがどこにあるのかということから、ある程度どういう素性であるのかが分かるということはあります。たんぱく質が取れそうだと思う食材でも、それが魚なのか獣の肉なのか。あるいは、食べられそうな植物だが、きのこなのか海藻なのかなどです。「海の物とも山の物ともつかぬ」はそうした判別がつかないために、得体が知れず、どういう結果を招くものなのかが見当もつかないという意味となります。

\次のページで「「海の物とも山の物ともつかぬ」の使い方・例文」を解説!/

「海の物とも山の物ともつかぬ」の使い方・例文

「海の物とも山の物ともつかぬ」の使い方を例文を使って見ていきましょう。この言葉は、たとえば以下のように用いられます。

会社が期待を込めて取った人材でも、配属された職場の関係者からすれば最初は海の物とも山の物ともつかぬ存在だ。

「海の物とも山の物ともつかぬ」は「物事の正体・本質がつかめず、将来どうなっていくか見当のつかないたとえ」であり、例文では「入ってきたばかりの社員」のことを指して使われています。ビジネスに限らず、スポーツの世界でも期待を込めて獲得された人間が、必要としていた戦力として活躍してくれるかどうかの保証はありません。しかし、それは最初はだれであってもそうなのです。「海の物とも山の物ともつかぬ」ところから徐々に理解されていきます。

「海の物とも山の物ともつかぬ」は、ネガティブなものを指して使われる表現ではありません。後に社会的に認められる存在に対しても、行動面に問題のある人物に対しても「そうした予測が、現時点で立っていない」という意味で使われる言葉です。

「海の物とも山の物ともつかぬ」の類義語は?違いは?

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「海の物とも山の物ともつかぬ」は「物事の正体・本質がつかめず、将来どうなっていくか見当のつかないたとえ」です。この言葉の類義語として挙げあられる言葉としては「一寸先は闇」「五里霧中」「手探り」「馬の骨」といった言葉が挙げられます。それぞれ「将来の見当がつかない」ということを表現していますが、ニュアンスに違いがありますので、それぞれ詳しくみていきましょう。

その1「一寸先は闇」

「一寸先は闇」は「ほんの少し先のことも全く予知できないことのたとえ」です。どちらかと言えば、物体などに対して使うよりも、試合の展開など時系列があるものに対して使われます。「一寸」は約3センチメートルのことですが、長さが重要というよりも、「ほんの少し」という意味合いです。それでも「闇」の状態で、見えないところに進んでいくということを表現しているのが、「一寸先は闇」ということになります。

「海の物とも山の物ともつかぬ」同様に、「将来の見当がつかない」という意味合いしかないのですが「闇」というフレーズに引っ張られて「少し先には良くないことが待っている」というネガティブなイメージで使われる場合もありますが、本来はそうした意味はないので注意しましょう

\次のページで「その2「五里霧中」」を解説!/

あれだけ仲の良かった芸能人夫婦が、不倫を理由に離婚とは。まさに一寸先は闇である。

その2「五里霧中」

「五里霧中」は「方向を失うこと。物事の判断がつかなくて、どうしていいか迷うこと」という意味の言葉。「海の物とも山の物ともつかぬ」以上に、「迷い」の中に入っていることが表されています。「進むべき方向」がある程度あったところから見失っているため、どちらかと言えばネガティブな表現です。こちらも、物体や人物に対して使われるというよりも、人生の選択や、事業の展開など、時間の経過があって展開していくようなものに対して使われます。

明確なビジョンを持たない社長に振り回され、会社の方針はすっかり五里霧中となった。

その3「手探り」

「手探り」は「見えない所にあるものを手先の感触で探り求めること」ということから転じて、「確実な方法がわからないまま、あれこれ模索すること」という意味を持っている言葉です。正解を探し求めて、そこかしこに手を伸ばして探っていくイメージですね。

ランキング上位に入れるメニューの開発は、部署移動したての私にとって全てが手探りでストレスのたまる日々だった。

その4「馬の骨」

「馬の骨」は「素性のはっきりしない者をあざけっていう語」です。こちらは、人物や物体に対してのみ使える表現となります。ただし、「海の物とも山の物ともつかぬ」とちがい、そこに嘲笑的な意味合いが込められますので注意が必要です

\次のページで「「海の物とも山の物ともつかぬ」の対義語は?」を解説!/

どこの馬の骨とも知れない男との交際を認めるわけにはいかない。

「海の物とも山の物ともつかぬ」の対義語は?

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「海の物とも山の物ともつかぬ」の対義語となる言葉は「物事の正体・本質がつかめていて、将来どうなっていくか見当のついているもののたとえ」という意味になります。言わずもがなですが、それであれば、わざわざたとえる必要がありません。よって、「海の物とも山の物ともつかぬ」の対義語はないということになります。

「海の物とも山の物ともつかぬ」を使いこなそう

この記事では「海の物とも山の物ともつかぬ」の意味・使い方・類語などを説明しました。「得体の知れないもので、将来の見当がつかない」という意味のこの言葉。しかし、だからといってすぐに悪いもの・ネガティブなこととは言い切っていませんので注意して使いましょう。最初はどんなものでも「海の物とも山の物ともつかぬ」ところから始まります。大切なことは、理解し、理解されることです。多様性が受容される時代において、ひとつでも「海の物とも山の物ともつかぬ」ことを減らしていくことが必要かもしれませんね。

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「海の物とも山の物ともつかぬ」の意味や使い方は?例文や類語をWebライターがわかりやすく解説!

この記事では「海の物とも山の物ともつかぬ」について解説する。

端的に言えば海の物とも山の物ともつかぬの意味は「実際にどのようなものかわからない、得体のしれないもの」ですが、もっと幅広い意味やニュアンスを理解すると、使いこなせるシーンが増えるぞ。

放送局の制作現場で10年の経験を積んだsinpeito88を呼んです。一緒に「海の物とも山の物ともつかぬ」の意味や例文、類語などを見ていきます。

ライター/sinpeito88

放送局の現場で10年間、ニュース原稿などを日々執筆。より正確な情報を届けられるよう言葉の探求を続けている。

「海の物とも山の物ともつかぬ」の意味や語源・使い方まとめ

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それでは早速「海の物とも山の物ともつかぬ」の意味や語源・使い方を見ていきましょう。この言葉の読みは「うみのものともやまのものともつかぬ」です。「海の物とも山の物ともつかない」を文語的に表現したものですので、意味や語源、使い方については「海の物とも山の物ともつかない」に準じて解説をしていきます。

「海の物とも山の物ともつかぬ」の意味は?

「海の物とも山の物ともつかぬ」には、次のような意味があります。

物事の正体・本質がつかめず、将来どうなっていくか見当のつかないたとえ。海とも山とも知れず。

出典:デジタル大辞泉(小学館)「海の物とも山の物ともつかない」

「海の物とも山の物ともつかぬ」は「物事の正体・本質がつかめず、将来どうなっていくか見当のつかないたとえ」となります。実際にどういうものなのかが判別しにくいものに対して使われる言葉です。また、分からないがゆえに将来的にどうなっていくのかの予測さえもたたないということになります。物体だけではなく人物などにも使うことができますが、「わからないもの」という点ではネガティブですが、将来像や結果までネガティブだということは断言していません。例えば、始まったばかりの事業や、創設されたばかりの学校、入ってきたばかりの社員などを指して使われることがあります。

「海の物とも山の物ともつかぬ」の語源は?

次に「海の物とも山の物ともつかぬ」の語源を確認しておきましょう。物や人のルーツがどこにあるのかということから、ある程度どういう素性であるのかが分かるということはあります。たんぱく質が取れそうだと思う食材でも、それが魚なのか獣の肉なのか。あるいは、食べられそうな植物だが、きのこなのか海藻なのかなどです。「海の物とも山の物ともつかぬ」はそうした判別がつかないために、得体が知れず、どういう結果を招くものなのかが見当もつかないという意味となります。

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