とりかえばや物語のあらすじは、男と女が入れ替わって成長しながら、最後にはふたりとも成功を収めるというトランスジェンダーを扱った話。今風の話と思いきや、なんと平安時代の末期に成立したと言われている。今でもとりかえばや物語をモチーフとした小説、映画、アニメ、テレビドラマは多い。

そんなとりかえばや物語は、そのストーリーの特殊性から長らく評価されてこなかった。そんなとりかえばや物語が成立した時代背景や物語の内容について、日本史に詳しいライターひこすけと一緒に解説していきます。

ライター/ひこすけ

アメリカの歴史や文化を専門とする元大学教員。平安時代に興味があり、気になったことを調べている。とりかえばや物語は兄妹が入れ替わるという話。平安時代に書かれたとは思えないほどの奇想天外な内容。そんなとりかえばや物語についてまとめてみた。

とりかへばや物語とは

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とりかへばや物語の作者は不明。もとになる古本(こほん)と呼ばれる作品は、平安時代後期に成立しました。私たちが知っている「とりかへばや物語」は古本に改作を加え、鎌倉時代初期に成立したもの。その内容は、現代で言うトランスジェンダーの設定で、古典の概念をぶっ壊すようなエンタメ性に富んでいる作品です。

主人公は双子の男女

とりかえばや物語の主人公は、左大臣の子どもである双子の男女。ひとりは内気で女性的な男の子、もうひとりは活発で男性的な女の子でした。父親の左大臣は日ごろからふたりを取り替えたいものだと思っていました。そこで男の子を「姫君」として、女の子を「若君」として育てることにします。

若君(女の子)は男として宮廷に出仕、才気あふれる若者として高い官職に就き、出世街道まっしぐら。右大臣の娘と女同士であることを伏せて結婚します。姫君(男の子)は女性として宮中入り。主君である女東宮(女性の皇太子)に恋をして関係を持ちます。

双子のサクセスストーリーでもある

若君の妻は、夫の親友の中将に恋をして密通、夫婦仲は破綻します。さらに若君は中将に正体を見破られることに。女性の姿に戻った若君は、なんと中将の子を産みました。姫君(男の子)も男性の姿に戻り、ゆくえ知れずの妹を捜しだしました。

ふたりは周囲に知られないように元の性に戻り、「男の子」は関白に、「女の子」は中宮になりました。ちなみに中宮は天皇の后。大出世となります。奇想天外な結末ではありますが、当時の貴族たちの夢物語という一面もありました。

とてもユニークな設定のとりかえばや物語。明治時代の男性学者からは「吐き気を催す」「変態的」など散々な評価でした。とくに明治時代は男尊女卑の考え方が強くありました。そのため女性のほうが有能、出世能力があるという設定は許しがたかったのです。しかし今では、現代にも通用する面白いストーリーとして再評価。かたちを変えて、映画化、マンガ化、ドラマ化されています。

古本とりかへばや物語が生まれた時代背景

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とりかえばや物語にはふたつのバージョンがあります。オリジナルに近い古本とりかへばや物語と、その後にリニューアルされた新とりかえばや物語。それぞれに作品が生まれた時代背景があります。

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藤原摂関政治が崩壊する時期

栄華をきわめた藤原摂関政治が崩壊の予兆を見せていたころ、古本とりかえばや物語は成立しました。とりかえばや物語に影響を与えたのが約100年前に成立した源氏物語です。そのためとりかえばや物語の随所には、源氏物語を思わせる表現があらわれました。

とりかえばや物語の特徴のひとつが主人公のキャラクターがきわだっていること。登場人物ひとりひとりが自分の意志で行動していることも源氏物語を思わせます。そのような特徴は、古代よりもやがて来る中世を感じさせるもの。まさに時代の変わり目に生まれた作品と言えるでしょう。

トランスジェンダーな時代性

そもそも古代社会では男性と女性の境目が現代ほどはっきりしていませんでした。男性が女性に自分を仮託して詠んだ和歌もあれば、その反対も数多くありました。今まで男性が作者だと思われていたものの、のちに女性が詠んだ作品であると判明したケースもあります。

男性と女性の境目があいまいな古代に「性転換」をテーマにした作品が生まれるとはごく自然なこと。源氏物語もそのような点は同じです。光源氏は、いかにも男性らしい姿ではなく、まるで女性のような美貌と表現されました。

とりかへばや物語のジャンルは異性変身譚

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とりかえばや物語のジャンルは「異性変身譚」。簡単に言うと、異性愛と同性愛が入り混じった話です。だからこそ、かつては文学史のなかで「変態的」と評されたのでしょう。それでもなお、少しずつ改作を加えられながら生き残りました。そして今では、マンガや映画、テレビドラマの重要なテーマとなっています。

とりかへばや物語はどのように成立した?

とりかえばや物語の由来は民間伝承。1072年ごろから1170年のころに古本(こほん)が成立したと考えられています。古本は散逸して表舞台から消えました。しかしながら誰かの手により少しずつ改作され1168年から1180年の間に「今とりかへばや」というタイトルでリニューアル版が成立しました。

とりかえばや物語の成立過程について記しているのが13世紀初めに成立した無名草子、13世紀後半に成立した風葉和歌集。「今とりかえばや」は女性作家の手によりリニューアルされたというのが主流の考え方です。

平安末期になると、武士の力が強くなって貴族社会崩壊の予兆が芽生えます。それにともなって女性の社会的地位は低くなり、かつての平安女流作家のように華々しく活躍する場は消えてしまいました。そのような社会状況のなか、かつての女流作家が華々しく活躍したことに、憧れを抱いた女性も多かったでしょう。そんな思いを胸に、ある女性が改作を加えて世に再び出したのかもしれません。

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「今とりかへばや」は武士の台頭の時代に成立

「今とりかえばや」が成立した時代は2説。平安末期と鎌倉初期説があります。いずれにせよ古代貴族社会が崩壊し、新興勢力である武士階級の足音が高らかに聞こえてきた時代。貴族政治は退廃、社会不安は増大、平清盛が福原に遷都、源頼朝が挙兵、まさに源平争乱に突入するころ成立しました。

「今とりかへばや」が女性の手によるものと推測されており、源氏物語の影響を強く受けているとも言われています。これが意味するのは、女性と男性が対等に向き合っていること、そして女性が自分の意志で強く生きる道を選んでいることです。武士が台頭する時代だったからこそ、女性の手による新しい女性像が受け入れられたのかもしれません。

とりかへばや物語にはどんな意味がある?

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源氏物語以降、中世に入っても物語は振いませんでした。わずかに画期的だったのは無名草子という物語評論集が生まれたことくらい。とりかえばや物語は文学性に乏しいと言われることもありますが、今までの王朝文学には見られない新しいタイプの「女君」を誕生させたことは特筆に値します。

型にはまるのを嫌がったヒロイン

いつの時代でも「女性は女性らしく」「男性は男性らしく」と言われることがあります。それが男性と女性それぞれの自由な生き方を妨げてきました。古本を改作し「今とりかえばや」を完成した女性は、大きな社会変動の時代に自由に自分の意志で生きたい、男性と肩を並べて生きたいという夢を託したのかも知れません。

ヒロインは自分の可能性に賭け、男装してこの世を生きて行こうと決心。このようなタイプのヒロインが過去の日本で受け入れられるはずもなく、とりかえばや物語に光を当てられることはありませんでした。それどころか第二次世界大戦前の日本国軍部はこの作品を歴史から抹殺。存在しなかったことにしたのです。

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母親らしさも拒否したヒロイン

ヒロインは男装し美貌の公達として生きていましたが、運命のもつれから思わざる出産を経験。女として生きざるを得なくなりました。しかしながら彼女は母として生きることを拒否。子供を捨ててしまいます。母親が子供を捨てるという生き方は危険視され、戦前においては軍部から睨まれ文学史から抹殺されました。

実は、この物語が成立した鎌倉時代初期は、今ほど母性神話は強くありませんでした。そのため、強く生きる女性のひとつのタイプとして受け入れることができたのです。彼女が再び宮中へ勤めに出て出会った帝は、彼女と同じく自由に自分の人生を生きたいと思うタイプ。似た者同士の二人は結婚、ヒロインはお后という最高の地位を得たのです。

とりかへばや物語が現代に投げかけるもの

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戦後、男女平等が法律化され、トランスジェンダーや同性愛もひとつの形として受け入れられるようになりました。また、自由な生き方にあこがれる女性も増えてきました。とりかえばや物語は現代人の心にマッチした作品として再び浮上したのです。

とりかえばや物語が今でも愛されている理由

このようなジャンルの話が現代まで残ったのは、いつの時代でも変わらない人間の願望があるから。変身願望、女性が男性になりたいという願望、その逆の願望。それは、自由に生きたい、性でさえ自分で選びたいという願望につながるものです。

現代ではかなり自由が認められるようになり、女装の男性がテレビで活躍することはあたりまえになりました。男性が化粧をすることも珍しいことではありません。宝塚歌劇団の男装した女性にファンたちは熱狂。女性が男装して客をもてなす男装カフェも人気を博しています。

現代によみがえったとりかえばや物語

とりかえばや物語は現代作家の手によりいろいろとアレンジされています。田辺聖子の小説「とりかえばや物語」や氷室冴子の「ザ・チェンジ」、さいとうちほのマンガ「とりかえ・ばや」は、とりかえばや物語の現代版。手塚治虫のマンガ「リボンの騎士」も同様です。アニメや映画でとくに有名なのは「君の名は。」や「転校生」でしょう。

現代でもとりかえばや物語を気軽に手にすることができます。小学館の「新編・日本古典文学全集」をはじめ、講談社学術文庫、角川ソフィア文庫、ちくま文庫、笠間書院からは原典が出版。また電子書籍では水谷悠歩の「現代語訳とりかえばや物語」にて気軽にストーリーに触れることができます。

初めて古典に触れる人におすすめの一冊

古典というと難しいイメージがありますが面白く読める作品が意外とあるものです。とりかえばや物語はまさにその一冊。双子の男女が性を変えて成功を収める姿から貴族の世界を覗き見てもいいでしょう。最近話題になることが多い、トランスジェンダーについて考えるきっかけにすることもできます。平安時代の作品でありながら、たくさんの現代的な問題を問いかけてくるとりかえばや物語。私たちがあたりまえのように受け入れている男女の意味を、一度問い直しながら読んでみてはいかがでしょうか。

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平安時代日本史鎌倉時代

簡単にわかる「とりかへばや物語」あらすじや時代背景も元大学教員がわかりやすく解説

とりかえばや物語のあらすじは、男と女が入れ替わって成長しながら、最後にはふたりとも成功を収めるというトランスジェンダーを扱った話。今風の話と思いきや、なんと平安時代の末期に成立したと言われている。今でもとりかえばや物語をモチーフとした小説、映画、アニメ、テレビドラマは多い。

そんなとりかえばや物語は、そのストーリーの特殊性から長らく評価されてこなかった。そんなとりかえばや物語が成立した時代背景や物語の内容について、日本史に詳しいライターひこすけと一緒に解説していきます。

ライター/ひこすけ

アメリカの歴史や文化を専門とする元大学教員。平安時代に興味があり、気になったことを調べている。とりかえばや物語は兄妹が入れ替わるという話。平安時代に書かれたとは思えないほどの奇想天外な内容。そんなとりかえばや物語についてまとめてみた。

とりかへばや物語とは

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とりかへばや物語の作者は不明。もとになる古本(こほん)と呼ばれる作品は、平安時代後期に成立しました。私たちが知っている「とりかへばや物語」は古本に改作を加え、鎌倉時代初期に成立したもの。その内容は、現代で言うトランスジェンダーの設定で、古典の概念をぶっ壊すようなエンタメ性に富んでいる作品です。

主人公は双子の男女

とりかえばや物語の主人公は、左大臣の子どもである双子の男女。ひとりは内気で女性的な男の子、もうひとりは活発で男性的な女の子でした。父親の左大臣は日ごろからふたりを取り替えたいものだと思っていました。そこで男の子を「姫君」として、女の子を「若君」として育てることにします。

若君(女の子)は男として宮廷に出仕、才気あふれる若者として高い官職に就き、出世街道まっしぐら。右大臣の娘と女同士であることを伏せて結婚します。姫君(男の子)は女性として宮中入り。主君である女東宮(女性の皇太子)に恋をして関係を持ちます。

双子のサクセスストーリーでもある

若君の妻は、夫の親友の中将に恋をして密通、夫婦仲は破綻します。さらに若君は中将に正体を見破られることに。女性の姿に戻った若君は、なんと中将の子を産みました。姫君(男の子)も男性の姿に戻り、ゆくえ知れずの妹を捜しだしました。

ふたりは周囲に知られないように元の性に戻り、「男の子」は関白に、「女の子」は中宮になりました。ちなみに中宮は天皇の后。大出世となります。奇想天外な結末ではありますが、当時の貴族たちの夢物語という一面もありました。

とてもユニークな設定のとりかえばや物語。明治時代の男性学者からは「吐き気を催す」「変態的」など散々な評価でした。とくに明治時代は男尊女卑の考え方が強くありました。そのため女性のほうが有能、出世能力があるという設定は許しがたかったのです。しかし今では、現代にも通用する面白いストーリーとして再評価。かたちを変えて、映画化、マンガ化、ドラマ化されています。

古本とりかへばや物語が生まれた時代背景

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とりかえばや物語にはふたつのバージョンがあります。オリジナルに近い古本とりかへばや物語と、その後にリニューアルされた新とりかえばや物語。それぞれに作品が生まれた時代背景があります。

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