今回のテーマは「ベルゴニー・トリボンドーの法則」です。「ベルゴニー・トリボンドーの法則」は、放射線が生体組織(細胞)へ及ぼす影響に関する法則です。日本は1945年にヒロシマ・ナガサキでの原爆による放射線被害や2011年に起きた東日本大震災で福島第一原子力発電により、放射線による健康問題に高い関心が寄せられており、放射線の健康影響に関する正確な知識が求められている。放射線の性質や利用、細胞に与える影響を含めてベルゴニー・トリボンドー法則を生物に詳しい現役大学院生ライターCaoriと一緒に解説していきます。

ライター/Caori

国立大学の博士課程に在籍している現役の理系大学院生。とっても身近な現象である生命現象をわかりやすく解説する「楽しくわかりやすい生物の授業」が目標。

ベルゴニー・トリボンドーの法則とは

image by iStockphoto

放射線は農業、工業、医療など様々な分野で多用されており、現代の私たちの生活には不可欠なものです。しかし、放射線は生物にとって有害であり、強度によっては重篤な障害を負ったり、死に至ることもあります。また、同じ強度の放射線でも身体に及ぼす影響は組織や臓器によって異なります(放射線に対する影響度の違いを放射線感受性といいます)。

1906年、フランスの医師であるジャン=アルバン・ベルゴニエルイ・トリボンドーは、身体の組織(細胞)の放射線に対する感受性は、1.細胞の分裂頻度の高い細胞、2.若い細胞系(将来行う細胞分裂の数が多い細胞)、3.機能的・形態的に未分化な細胞であるほど高くなるという法則を発見しました。この法則は発見者の2人の名前をとり「ベルゴニー・トリボンドーの法則(ベルゴニエ-トリボンドーの法則)」と名付けられています。

放射線の性質と利用

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放射線とは、放射性物質から放出される高いエネルギーをもっている粒子(α線、β線、中性子線など)や電磁波(γ線、X線など)の総称です。放射線は、物質中の原子(分子)を電離/励起させて物質にエネルギーを与え、「原子力発電」ではこの高いエネルギーを利用して発電しています。

放射線は物質を通り抜ける性質(透過性)を持ち、この性質を利用して物質を壊すことなく内部を調べること(X線検査(レントゲン検査))や、包装したまま中身を滅菌することも可能です。放射線の種類によって透過性は異なり、α線は紙1枚で、透過性の強い中性子線でも水やコンクリートで遮ることができます。また、放射性物質が放射線を出す能力(放射能)は時間の経過とともに減衰していくことも性質の一つです。放射能が半分になるまでの時間を「半減期」と呼び、種類によって「半減期」は異なります。

放射線が人体に影響を及ぼすメカニズム

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1895年にドイツの物理学者ヴィルヘルム・コンラート・レントゲンX線を発見して以来、放射線を医療や産業に利用するとともに、その身体への影響(放射線障害)が大きな問題となりました。

放射線は、その電離・励起能力によって細胞や細胞内のDNAを損傷させます(DNAの二本鎖の切断)。細胞はDNAの修復機構を持っているため軽度のDNA損傷ならば修復されますが、修復の誤りを起こしたり、修復されずに固定化した場合、細胞が異常化し、その細胞が体細胞であればがん、生殖細胞であれば遺伝的影響として現れる可能性があります。ただし、これらは影響は確率的です(確率的影響)

DNA修復が不可能なほどの放射線に被曝した場合、組織・臓器を構成している細胞が細胞死(アポトーシス)を起こし、機能不全を生じるため重篤な場合は死に至ります。これらは物理的に細胞が死ぬことが原因なので、影響は確定的です(確定的影響)

\次のページで「「ベルゴニー・トリボンドーの法則」の概要」を解説!/

「ベルゴニー・トリボンドーの法則」の概要

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ベルゴニエとトリボンドーは、放射線が組織に与える影響を調べるために雄のラットの精巣にX線を照射し、顕微鏡で観察しました。精巣でははつねに精子形成が行われており、精子形成過程は、幹細胞である精原細胞から出発し、精母細胞、精細胞と分化・成熟し、最終的には精子となります。観察の結果、放射線感受性は最も未分化な精原細胞が高く、精子形成過程の進行順で細胞の放射線への感受性は低くなり、分裂を停止している精細胞や精子が最も抵抗性でした。

前述したように、放射線はDNAを傷つけます。DNAは細胞分裂の時に設計図として使用されるため、細胞分裂や増殖が盛んな組織や未分化な細胞ほど損傷の影響を受けやすく、放射線に対する感受性が大きいのです。この結果は大部分の細胞へも適応され、「ベルゴニー・トリボンドーの法則」として報告されました(リンパ組織などの一部例外あり)。

身体組織と放射線感受性

身体組織と放射線感受性

image by Study-Z編集部

組織や臓器の放射線感受性は、それを構成する細胞の感受性を反映しており、細胞分裂の様子によって放射線感受性の違う3つの系に分類されています。

1つめは、細胞再生系(分裂系または増殖系)と呼ばれる、造血組織(骨髄、胸腺、脾臓)、生殖腺(卵巣、精巣))、粘膜、、唾液腺、、水晶体、毛のう、皮膚などの組織です。これらの組織は常に盛んな細胞分裂を行い、細胞が新しく作られています。さらにこのような組織には幹細胞と呼ばれる未分化な細胞が存在するため非常に感受性が高いです。2つめの潜在的再生系(条件的再生系)は肺、腎臓、副腎、肝臓、膵臓、甲状腺がなどがあり、ふだんはあまり細胞分裂をしませんが、損傷などで分裂を開始する組織をいいます。放射線に対して比較的抵抗性です。3つめの非再生系(非分裂系)は一度出来上がった後はほとんど分裂しない組織で、神経や筋肉、骨や結合組織が属します。放射線に対して抵抗性です。

放射線に対する正しい知識をもち適切に恐れよう

今回は「ベルゴニー・トリボンドーの法則」について解説しました。放射線というとなんだか怖いものという印象をもつ人も多いでしょうが、放射線は環境中に存在し、生命と放射線の関係は生命の誕生から続いています。

1895年にX線が発見されて以来、人類は放射線を利用し医療、産業に欠かせないものとなりました。同時に放射線による重篤な健康障害が生じてきましたが、それら多くの経験や研究により、放射線が人体に与える影響やその閾線量。放射線によるDNA損傷を修復する"DNA損傷応答機構"の解明も進んできました。放射線に対する正しい知識をもち、適切に恐れ管理することが重要だと考えます。

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5分で分かる「ベルゴニー・トリボンドーの法則」放射線が細胞に及ぼす影響の法則を現役大学院生がわかりやすく解説!

今回のテーマは「ベルゴニー・トリボンドーの法則」です。「ベルゴニー・トリボンドーの法則」は、放射線が生体組織(細胞)へ及ぼす影響に関する法則です。日本は1945年にヒロシマ・ナガサキでの原爆による放射線被害や2011年に起きた東日本大震災で福島第一原子力発電により、放射線による健康問題に高い関心が寄せられており、放射線の健康影響に関する正確な知識が求められている。放射線の性質や利用、細胞に与える影響を含めてベルゴニー・トリボンドー法則を生物に詳しい現役大学院生ライターCaoriと一緒に解説していきます。

ライター/Caori

国立大学の博士課程に在籍している現役の理系大学院生。とっても身近な現象である生命現象をわかりやすく解説する「楽しくわかりやすい生物の授業」が目標。

ベルゴニー・トリボンドーの法則とは

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放射線は農業、工業、医療など様々な分野で多用されており、現代の私たちの生活には不可欠なものです。しかし、放射線は生物にとって有害であり、強度によっては重篤な障害を負ったり、死に至ることもあります。また、同じ強度の放射線でも身体に及ぼす影響は組織や臓器によって異なります(放射線に対する影響度の違いを放射線感受性といいます)。

1906年、フランスの医師であるジャン=アルバン・ベルゴニエルイ・トリボンドーは、身体の組織(細胞)の放射線に対する感受性は、1.細胞の分裂頻度の高い細胞、2.若い細胞系(将来行う細胞分裂の数が多い細胞)、3.機能的・形態的に未分化な細胞であるほど高くなるという法則を発見しました。この法則は発見者の2人の名前をとり「ベルゴニー・トリボンドーの法則(ベルゴニエ-トリボンドーの法則)」と名付けられています。

放射線の性質と利用

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放射線とは、放射性物質から放出される高いエネルギーをもっている粒子(α線、β線、中性子線など)や電磁波(γ線、X線など)の総称です。放射線は、物質中の原子(分子)を電離/励起させて物質にエネルギーを与え、「原子力発電」ではこの高いエネルギーを利用して発電しています。

放射線は物質を通り抜ける性質(透過性)を持ち、この性質を利用して物質を壊すことなく内部を調べること(X線検査(レントゲン検査))や、包装したまま中身を滅菌することも可能です。放射線の種類によって透過性は異なり、α線は紙1枚で、透過性の強い中性子線でも水やコンクリートで遮ることができます。また、放射性物質が放射線を出す能力(放射能)は時間の経過とともに減衰していくことも性質の一つです。放射能が半分になるまでの時間を「半減期」と呼び、種類によって「半減期」は異なります。

放射線が人体に影響を及ぼすメカニズム

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1895年にドイツの物理学者ヴィルヘルム・コンラート・レントゲンX線を発見して以来、放射線を医療や産業に利用するとともに、その身体への影響(放射線障害)が大きな問題となりました。

放射線は、その電離・励起能力によって細胞や細胞内のDNAを損傷させます(DNAの二本鎖の切断)。細胞はDNAの修復機構を持っているため軽度のDNA損傷ならば修復されますが、修復の誤りを起こしたり、修復されずに固定化した場合、細胞が異常化し、その細胞が体細胞であればがん、生殖細胞であれば遺伝的影響として現れる可能性があります。ただし、これらは影響は確率的です(確率的影響)

DNA修復が不可能なほどの放射線に被曝した場合、組織・臓器を構成している細胞が細胞死(アポトーシス)を起こし、機能不全を生じるため重篤な場合は死に至ります。これらは物理的に細胞が死ぬことが原因なので、影響は確定的です(確定的影響)

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