今回のテーマは「フィッシャーの原理」です。フィッシャーの原理とは、イギリスの進化生物学者ロナルド・フィッシャーが1930年に出版した著書『自然選択の遺伝学的理論』で提唱した、多くの生物で性比がおおむね1:1になる理由の説明です。進化生物学におけるもっとも重要な考え方のひとつである原理を生物に詳しい現役大学院生ライターCaoriと一緒に解説していきます。

ライター/Caori

国立大学の博士課程に在籍している現役の理系大学院生。とっても身近な現象である生命現象をわかりやすく解説する「楽しくわかりやすい生物の授業」が目標。

フィッシャーの原理とは

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皆さんの保育園や小学校など時のクラスの男女比はだいたい1:1だったのではないでしょうか?実は生物種や生態系にかかわらず多くの生物ではオスとメスの比率(性比)が1:1となっています。なぜ生物がこのような性比を維持しているのかを説明した理論が「フィッシャーの原理」です。

もちろんヒトの場合も「フィッシャーの原理」が当てはまります。「日本の人口動態」によると出生性比率(女性100人に対する男性の数)は105~106を推移しており、これは日本国内に限らず、世界的に人類の出生性比は地域・時代にかかわらず男女の性比は1.05~1.06:1です。しかしながら、出生後に男児の方が死亡率が高いため、日本では20~64歳の男女比は男性が3,513.0万人、女性が3,420.0万人で男女比率は 1.02:1 程度となり性比は等しくなっています(総務省統計局のデータを参照)。

進化ゲーム理論

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フィッシャーの原理の概要を解説する前に、生物の進化や生存戦略に重要な理論である「進化ゲーム理論」「進化的に安定な戦略」について解説しておきますね。

「ゲーム理論」はあらゆる戦略的状況を対象としており、経済学や社会学、工学、生物学など多くの学問に応用されています。簡単に言えば「どのような戦略を取れば自分の利益が最大になるか」という理論です。ゲーム理論を生物分野、特に進化の分野に応用したものを「進化ゲーム理論」といい、「どのような戦略を取ればより多くの自分の子孫(遺伝子)を残せるか」になります。生物の自然選択は「種全体にとって有利」であることよりも「その個体(自分)にとって有利」であることが優先して行われることがポイントです。

進化的に安定な戦略

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進化ゲーム理論の基礎を作ったのはメイナード・スミスとジョージ・プライスです。2人は動物の闘争や共存の分析にゲーム理論を適用して、「進化的に安定な戦略(ESS:evolutionarily stable strategy)」と呼ばれる概念を示しました。

進化的に安定な戦略は、「ある集団のすべての成員がその戦略を採用すると、他の戦略により侵略・侵入されることのない戦略」と表現されています。多くの個体が限られた同じ資源(餌や交尾相手)を利用するとき、彼らは互いに競争者です。このとき、様々な戦略をとる集団が現れまずが、いずれの集団でも少数派が有利となり、有利な集団が増えていくためその頻度を増大させて行きます(自然選択によって繁殖成功率が高い適応戦略が種に広がっていくため)。やがて複数の戦略が入り混じった状態で集団が均衡状態に達したとき、 この戦略のバランスを進化的に安定な戦略であると言います

進化的に安定な戦略の例

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スミス博士は動物にゲーム理論を導入し、進化的に安定な戦略を「タカ」と「ハト」に例えて示しました

博士は、多くの動物が資源を奪い合う際に殺し合いにまで至らないのは、徹底的に攻めるという「タカ派」な闘い方より、自分の身を危険にさらさない「ハト派」な戦略のほうが自分にとって有利であると考えました。しかし、「ハト派」戦略はいったん「タカ派」戦略に侵入されたら、タカ派に侵略されてしまい、その動物の戦略は不安定になってしまいます。実際、動物たちは単純な「ハト派」戦略をとらず、なわばりの持ち主であれば「タカ派」戦略で、侵入者であれば「ハト派」戦略で、といった様に両方の戦略をとっていることから、「ハト戦略の個体」と「タカ戦略の個体」が混じり合った状態で種は安定すると結論付けました。このハト派とタカ派の戦略の平衡状態を「進化的に安定な戦略」と表現しています。

\次のページで「自然選択説とフィッシャーの原理」を解説!/

自然選択説とフィッシャーの原理

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ダーウィンは「種の起原」で自然選択説を唱えました。この説は進化を説明する上で根幹をなす理論ではありますが、それでは説明出来ない事象が存在します。その一つが生物の性比です。

「種の起源」から60年後、ロナルド・フィッシャーが初めて性比の問題に進化的な説明を行いました。突然変異により、どちらかの性の子を産みやすいという特性を獲得した個体が登場しても、やがて自然選択されて偏りは収束し、性比は1:1に安定すると唱えました(詳細は後述します)。さらに、フィッシャーは子を育てるコストを「親の出費」と表現し、等しい量の資源を、おのおのの性の子に費やすことは「進化的に安定な戦略」であると示しました。ここで重要なのは、進化的に安定な状態となるのは、単純に子の性比が1:1であることではなく、親が出費の比が男女の子で1:1になるときであると発見したことです。

フィッシャーの原理~ハミルトンの説明~

フィッシャーの原理~ハミルトンの説明~

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ウィリアム・ドナルド・ハミルトンは『異常な性比(1967)』でフィッシャーの原理を表のように説明しました。

最初のオスが少ない集団では、メスの方が多いため単純に繁殖のチャンスが多くなり、繁殖において有利にふるまうことが可能です。オスを多く生むほうが有利なのでオスを多く生むという性質を持った遺伝子が有利となりますが、次第にオスの数が増えていき性比が1:1に近付くにつれて「オスが少ないから有利」という前提が崩れていきます。オスを多く産むという有利さが減少していくと、やがてオスとメスを同じくらいの数だけ産む個体が結局は有利になります(これはオスメスを入れ替えても同じ)。そして最終的には集団の性比は1:1へと収斂していきます。つまり、男女の性比が1:1であることが生物にとって「進化的に安定な戦略」なのです。

奥深い性比と進化学の世界

今回は「フィッシャーの原理」をテーマに進化学の基礎となる理論を解説しました。我々は感覚的に男女比は1:1であることを感じ、それを「当たり前」に過ごしていると思います。性比の話を解説すると、性染色体がXとYの2つだから性比は1:1じゃないの?と言われますが、それだとヒトの男女の性比が1.05~1.06:1に保たれ、わずかに男性が多く生まれていることの説明ができません。ほかの生物も出生時の性比は種によって決まっています。さらに性比が極端に偏った生物や途中で性転換する生物も存在しており、よくよく考えると、なぜ性比が1:1になるのか?本当に1:1なのか?とさまざまな疑問が湧いてきませんか?

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理科生物生物の分類・進化

3分で簡単「フィッシャーの原理」生物の性比が1:1になる原理を現役大学院生がわかりやすく解説!

今回のテーマは「フィッシャーの原理」です。フィッシャーの原理とは、イギリスの進化生物学者ロナルド・フィッシャーが1930年に出版した著書『自然選択の遺伝学的理論』で提唱した、多くの生物で性比がおおむね1:1になる理由の説明です。進化生物学におけるもっとも重要な考え方のひとつである原理を生物に詳しい現役大学院生ライターCaoriと一緒に解説していきます。

ライター/Caori

国立大学の博士課程に在籍している現役の理系大学院生。とっても身近な現象である生命現象をわかりやすく解説する「楽しくわかりやすい生物の授業」が目標。

フィッシャーの原理とは

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皆さんの保育園や小学校など時のクラスの男女比はだいたい1:1だったのではないでしょうか?実は生物種や生態系にかかわらず多くの生物ではオスとメスの比率(性比)が1:1となっています。なぜ生物がこのような性比を維持しているのかを説明した理論が「フィッシャーの原理」です。

もちろんヒトの場合も「フィッシャーの原理」が当てはまります。「日本の人口動態」によると出生性比率(女性100人に対する男性の数)は105~106を推移しており、これは日本国内に限らず、世界的に人類の出生性比は地域・時代にかかわらず男女の性比は1.05~1.06:1です。しかしながら、出生後に男児の方が死亡率が高いため、日本では20~64歳の男女比は男性が3,513.0万人、女性が3,420.0万人で男女比率は 1.02:1 程度となり性比は等しくなっています(総務省統計局のデータを参照)。

進化ゲーム理論

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フィッシャーの原理の概要を解説する前に、生物の進化や生存戦略に重要な理論である「進化ゲーム理論」「進化的に安定な戦略」について解説しておきますね。

「ゲーム理論」はあらゆる戦略的状況を対象としており、経済学や社会学、工学、生物学など多くの学問に応用されています。簡単に言えば「どのような戦略を取れば自分の利益が最大になるか」という理論です。ゲーム理論を生物分野、特に進化の分野に応用したものを「進化ゲーム理論」といい、「どのような戦略を取ればより多くの自分の子孫(遺伝子)を残せるか」になります。生物の自然選択は「種全体にとって有利」であることよりも「その個体(自分)にとって有利」であることが優先して行われることがポイントです。

進化的に安定な戦略

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進化ゲーム理論の基礎を作ったのはメイナード・スミスとジョージ・プライスです。2人は動物の闘争や共存の分析にゲーム理論を適用して、「進化的に安定な戦略(ESS:evolutionarily stable strategy)」と呼ばれる概念を示しました。

進化的に安定な戦略は、「ある集団のすべての成員がその戦略を採用すると、他の戦略により侵略・侵入されることのない戦略」と表現されています。多くの個体が限られた同じ資源(餌や交尾相手)を利用するとき、彼らは互いに競争者です。このとき、様々な戦略をとる集団が現れまずが、いずれの集団でも少数派が有利となり、有利な集団が増えていくためその頻度を増大させて行きます(自然選択によって繁殖成功率が高い適応戦略が種に広がっていくため)。やがて複数の戦略が入り混じった状態で集団が均衡状態に達したとき、 この戦略のバランスを進化的に安定な戦略であると言います

進化的に安定な戦略の例

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スミス博士は動物にゲーム理論を導入し、進化的に安定な戦略を「タカ」と「ハト」に例えて示しました

博士は、多くの動物が資源を奪い合う際に殺し合いにまで至らないのは、徹底的に攻めるという「タカ派」な闘い方より、自分の身を危険にさらさない「ハト派」な戦略のほうが自分にとって有利であると考えました。しかし、「ハト派」戦略はいったん「タカ派」戦略に侵入されたら、タカ派に侵略されてしまい、その動物の戦略は不安定になってしまいます。実際、動物たちは単純な「ハト派」戦略をとらず、なわばりの持ち主であれば「タカ派」戦略で、侵入者であれば「ハト派」戦略で、といった様に両方の戦略をとっていることから、「ハト戦略の個体」と「タカ戦略の個体」が混じり合った状態で種は安定すると結論付けました。このハト派とタカ派の戦略の平衡状態を「進化的に安定な戦略」と表現しています。

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