世界史古代ローマ

5分でわかる「元老院」誰がなった?古代ローマの政治事情は?歴史オタクがわかりやすく解説

時代を変える男・カエサル登場

ユリウス・カエサルは優れた政治家であり、軍人であり、文筆家でした。非常に頭の切れるカエサルは、執政官を務めたときに元老院に対して「日報」の公開を義務付けました。元老院の会議の内容を記録し、それを誰もが見られるようにしたのです。

会議の内容をすべて公開するのですがら、元老院とはいえ民衆を騙すような法案を話し合ったりできません。さらに、今まで人々が知らなかった元老院の実態についてわかるようになり、その神秘性が失われてしまったのです。

カエサルは執政官の頃には元老院と協調していましたが、その任期が終わると遠征を行ってガリア(現在のフランス)の大半を手中に収めます。名声高まるカエサルでしたが、一方で、やはりローマの王様嫌いの風潮はまだ健在だったために王や皇帝とはなりませんでした。代わりにカエサルは独裁官として独裁政治を行いました。

こうなると、ローマの元老院はあってないようなものです。カエサルに煮え湯を飲まされっぱなしでしの元老院の議員たちは反カエサルの動きを強め、紀元前44年、とうとう元老院の会議場でブルータスに暗殺されてしまうのでした。

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徐々に縮小されていく元老院の変化

カエサルの死後、その後継争いを勝ち抜いたオクタウィアヌスに元老院は「アウグストゥス(尊厳者)」の称号を与えます。アウグストゥスは実質的にはローマの初代皇帝でしたが、元老院の承認のもとでローマを統治する「元首政」を行いました。

元首政のもとでは、ローマの皇帝は元老院の議員最高位とし、他の元老院の議員たちは皇帝を支えるように。一方で、民会は市民が増えすぎたことで機能が停止してしまいます。そのため、元老院は再び最高決議議会へと舞い戻ったのでした。

しかし、それではアウグストゥスが初代皇帝とは言うことはできませんよね。アウグストゥスは属州を防衛するために、属州に対する命令権(プロコンスル命令権)を元老院から与えられていました。ローマの属州はガリアにイベリア半島、シリアなど広大でしたので、その命令権を持つアウグストゥスの権力はすでに元老院を超えています。さらに執政官の任期終了後には護民官に、最終的には終身で執政官の命令権まで得たのでした。

そして、アウグストゥスは自分が持った権限を自分の後継者に引き継ぐようにしたのです。このようにして、元老院の権限は次第に縮小され、皇帝を承認する機関や、皇帝の諮問機関へと戻っていきます。そうして、ローマの元老院は七世紀ごろになくなってしまったのでした。

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ローマを支えた機関「元老院」

紀元前八世紀の王政ローマ時代から発足して、紀元後七世紀まで続いた「元老院」。最初は王の諮問機関として貴族たちが任命されていましたが、時代をへるにつれて徐々にその性格を変えていきました。共和政ローマに移り変われば、政治の中心へ。世界初の共和政を担ったのです。そして、帝政ローマ下では皇帝のもとで徐々に権限を失くしていき、また最初の皇帝の諮問機関へと戻ったのでした。

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